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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第三章:見つめる先
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見つめる先ー5

「お疲れ様です!」

 駿介が返事をすると、田島は「お邪魔しますね」とほほ笑む。

 年上の女性特有の、柔らかい空気が満ちていた。

「古俣さん、落ち着きましたか? ここまで声が響いて来ていましたよ」

 尋ねると、田島は「そうね~」と苦笑いになる。

 弁同箱を片手に、駿介の正面に腰を下ろす。

「ご飯の時間が近いことは分かるみたいで、ご飯をください、お願いします~って、何度も言うから、今、先に出してきたわよ」

「あー……なるほど」

 目に浮かぶようだった。

 認知症の症状として、時間感覚が分からなくなる、というものがあるが、進行速度は人それぞれだ。

 古俣さんは、ご飯への意識がまだ高いのだろう。

 さっきから大声を出していたのは、それが理由だったらしい。

「……テレビ、つけていい?」

「あ、はい」

 田島はテレビの電源を入れ、昼食を食べ始める。

 田島の弁当箱には、トマトやレタスといった野菜類が多い。

 以前、自分で弁当を作っていると聞いたことがある。

「……」

「……」

 田島が弁当を食べ始めたことで会話が止まり、テレビの音だけが休憩室に響く。


 ――えーっと……。


 勤務が同じになるからといって、よく話す間柄でもない。

 業務中ならば、仕事の話でもすれば良いのだろうが、休憩時間中、それも食事中の相手に、なにを話せば良いのか分からなかった。

「……」

 田島との間に、むずがゆい空気が流れる。

 二十歳以上離れた相手と二人きりになるなど、ほとんど経験がない。

 せいぜい、親か学校の先生くらいだ。

 仕事の話をするべきか、それとも、趣味の話でもしてみるか、はたまた、テレビでやっている時事ネタでも話してみるべきか――



「護人君は、もう仕事に慣れた?」



 ――などと、一人で悶々としていると、田島の方から話題を振ってくれた。

 顔をあげると、優し気な視線とぶつかる。

 駿介の様子を見て、気を遣ってくれたようだった。

「はい。なんとか慣れてきました」

「彩峰君とは上手くやれているの?」

「そう、ですね、以前よりは……なんとか」

 二つ目の質問は、お茶を濁す。

 春、浩司と駿介が言い争いをした、という話は、全職員に伝わっている。

 川瀬主任や冴香は事情を知っているため、もう『過去の話』になっているが、他の職員からすれば心配の種だろう。


 ――上手くやれているかは分からないけど……。


 浩司が何故、駿介に厳しく当たっていたのか、理解できたつもりだし、浩司の方も、駿介の言動について、以前より許容してくれているように感じる。

 しかし、それが『上手くやれている』とはっきり言える状態なのかと問われると、微妙なところだった。

「そう。なにかあったら、相談に乗るからね」

「はい、ありがとうございます」

 田島の気遣いに、頭を下げる。

「あ、それから――」

 と、何度か言葉を交わして。

 駿介は、ある言葉を思い出す。


 ――ふれあい西家の職員の中で、駿介の『理想』と一番近い職員は、田島さんだと思うぞ――


 浩司の言葉だった。

 二人きりで話せる機会など、そうそうない。

 あの時は、浩司の言った意味が分からなかったけど、きちんと腰を据えて話してみれば、違う部分も見えてくるかもしれない。

「あの、話しは変わるのですが……」

「うん? なに?」

「実は、ちょっと悩んでいることがあって――」

 そう言って、駿介は古俣さんのことを質問した。

 古俣さんが何度も何度も職員に頼って来る様子に関して、解決策はないのか? なにか、できることはないのか?

 浩司が言うように、田島が駿介の『理想』に近いのならば、なにかしらアドバイスをくれるのではないかと期待する。

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