見つめる先ー5
「お疲れ様です!」
駿介が返事をすると、田島は「お邪魔しますね」とほほ笑む。
年上の女性特有の、柔らかい空気が満ちていた。
「古俣さん、落ち着きましたか? ここまで声が響いて来ていましたよ」
尋ねると、田島は「そうね~」と苦笑いになる。
弁同箱を片手に、駿介の正面に腰を下ろす。
「ご飯の時間が近いことは分かるみたいで、ご飯をください、お願いします~って、何度も言うから、今、先に出してきたわよ」
「あー……なるほど」
目に浮かぶようだった。
認知症の症状として、時間感覚が分からなくなる、というものがあるが、進行速度は人それぞれだ。
古俣さんは、ご飯への意識がまだ高いのだろう。
さっきから大声を出していたのは、それが理由だったらしい。
「……テレビ、つけていい?」
「あ、はい」
田島はテレビの電源を入れ、昼食を食べ始める。
田島の弁当箱には、トマトやレタスといった野菜類が多い。
以前、自分で弁当を作っていると聞いたことがある。
「……」
「……」
田島が弁当を食べ始めたことで会話が止まり、テレビの音だけが休憩室に響く。
――えーっと……。
勤務が同じになるからといって、よく話す間柄でもない。
業務中ならば、仕事の話でもすれば良いのだろうが、休憩時間中、それも食事中の相手に、なにを話せば良いのか分からなかった。
「……」
田島との間に、むずがゆい空気が流れる。
二十歳以上離れた相手と二人きりになるなど、ほとんど経験がない。
せいぜい、親か学校の先生くらいだ。
仕事の話をするべきか、それとも、趣味の話でもしてみるか、はたまた、テレビでやっている時事ネタでも話してみるべきか――
「護人君は、もう仕事に慣れた?」
――などと、一人で悶々としていると、田島の方から話題を振ってくれた。
顔をあげると、優し気な視線とぶつかる。
駿介の様子を見て、気を遣ってくれたようだった。
「はい。なんとか慣れてきました」
「彩峰君とは上手くやれているの?」
「そう、ですね、以前よりは……なんとか」
二つ目の質問は、お茶を濁す。
春、浩司と駿介が言い争いをした、という話は、全職員に伝わっている。
川瀬主任や冴香は事情を知っているため、もう『過去の話』になっているが、他の職員からすれば心配の種だろう。
――上手くやれているかは分からないけど……。
浩司が何故、駿介に厳しく当たっていたのか、理解できたつもりだし、浩司の方も、駿介の言動について、以前より許容してくれているように感じる。
しかし、それが『上手くやれている』とはっきり言える状態なのかと問われると、微妙なところだった。
「そう。なにかあったら、相談に乗るからね」
「はい、ありがとうございます」
田島の気遣いに、頭を下げる。
「あ、それから――」
と、何度か言葉を交わして。
駿介は、ある言葉を思い出す。
――ふれあい西家の職員の中で、駿介の『理想』と一番近い職員は、田島さんだと思うぞ――
浩司の言葉だった。
二人きりで話せる機会など、そうそうない。
あの時は、浩司の言った意味が分からなかったけど、きちんと腰を据えて話してみれば、違う部分も見えてくるかもしれない。
「あの、話しは変わるのですが……」
「うん? なに?」
「実は、ちょっと悩んでいることがあって――」
そう言って、駿介は古俣さんのことを質問した。
古俣さんが何度も何度も職員に頼って来る様子に関して、解決策はないのか? なにか、できることはないのか?
浩司が言うように、田島が駿介の『理想』に近いのならば、なにかしらアドバイスをくれるのではないかと期待する。




