夜勤ー5
◆◇◆
「疲れた……」
駿介は、どすんと畳場に腰をついた。
午前二時である。
浩司から、少し休んで来いと言われ、二階、休憩室へやって来た。
――慣れるまで大変だな……。
駿介は壁に寄りかかり、持参したスポーツドリンクに口をつける。
「これを、一人で、か」
身も心も、引き締まる思いだった。
書類更新に薬のセット、巡回、排泄業務、そして、忙しい日中帯には行えない、洗濯物の整理や、フロアやトイレの消毒、清掃――その間にも、起きて来る御利用者の相手をして……。
これを、一人で行わなければならない。
今日は二人体制であるため、駿介の手が空いていない時は、浩司がフォローしてくれていた。
間違えてはならない薬管理などは、二人の目でチェックできていた。
もし、一人だったら――。
作業をしている途中で御利用者の相手をしたり、排泄介助中に別の御利用者が起きてきたり……。そういった時も、一人で対応しなければならない。
――器用にこなせる人なら、大丈夫なんだろうけどな。
「……」
不安が募る。
自分が不器用な人間であることくらい、理解している。
祖母の介護を経験している分、知識と経験はそれなりにあるつもりだが、たった一人の家族を相手にするのと、見ず知らずの人間を何人も相手にするのとでは、勝手が違う。
福祉施設という場においては、器用に、複数人の相手をしなければならない。
たった一人の相手に、ずっと向き合っていれば良いわけではないのだ。
これまでだって、何度も失敗してきた。
思い出すだけでも、冷や汗が流れる。
『たまたま』、『運良く』、大事には至らなかっただけ――。
そんな言葉が相応しく思えるような、最悪、命を落としていても仕方のないこともあった。
その度、和田管理者や川瀬主任をはじめ、先輩方にも協力してもらって、なんとか切り抜けてきた。
同様の事件、事故が、一人の時に起こったら――?
考えたくもなかった。
「……」
駿介は立ち上がり、窓から外を眺める。
見事なまでの暗闇が広がっていた。
どの家の灯りも消えており、点いているのは街灯くらいだ。
風が吹く度、田んぼの稲穂がざわざわと音を立てる。
空を見上げれば、星々が輝き、連なっている。
都会にはない、田舎ならではの風景だろう。
『僕たち介護士は、誰かを救うことはできませんが、誰かのそばにいることはできます』
不意に、その言葉が浮かんでくる。
弱気になっていたからか。
それともこの風景が、駿介になにかを思い起こさせたのか。
それは、駿介が憧れた、介護士からの言葉だった。




