夜勤ー3
「駿介」
「はい」
今日の浩司は、あくまで指導担当だ。
実際に介助を行うのは駿介となる。
「すみません、失礼します」
駿介はベッド上の椎川さんに声をかける。
「はいはい、お願いしますね」
椎川さんは、オムツ交換への拒否もない。
職員の姿勢、態度から、これからなにをするのか、察してくださるのだ。
駿介は再度「失礼します」と言い、ズボンに手をかける。
「……」
椎川さんは特別、反応を示さなかった。
年を重ねたからと言って、羞恥心は簡単に消えない。
御利用者の中には、九十歳を超え、認知症を持っていても、男性が相手では嫌だと、オムツ交換や入浴介助を拒否する人もいる。
椎川さんが拒否したことはないけれど、内心、どう思っているのか定かではない。
排泄介助は御利用者のためにも、手早く、正確に終わらせることが重要だ。
――……大丈夫そう、かな。
駿介の手際を見て、浩司は採点する。
排泄介助は、一ヶ月以上前から駿介に任せている。
排泄介助中に複数人が『見る』ということは、御利用者への配慮として、通常ではあり得ない。
こうして、駿介の介助を目にするのは久しぶりだった。
「右を向いてください」
「はいはい」
駿介はオムツ内に当ててあったパッドを手際よく外し、床に敷いた新聞紙へ置く。
パッドは、たっぷりと尿を吸っていた。
――尿色も量も、大丈夫そうだな。
浩司は、新聞紙の上に置かれたパッドへ視線を向ける。
排泄介助は、汚れたオムツ、パッドを交換して終わりではない。
排尿量や、尿色によって、分かることは多くある。
喉の渇きを感じにくいお年寄りは、『水分不足』に陥りやすい。
季節を問わず、脱水への危機感は、常に持っていなければならないのだ。
脱水しているか否か、最も簡単に判断できるのが『尿』だ。
排尿量が少なかったり、尿の色が濃くなったりしていれば、脱水を疑う必要がある。
汚い、とは思わない。
いや、実際、綺麗なものではないのだが、尿が出ない人間などいない。
そんなことよりも、どちらかと言えば『尿が出ない』ことの方が、余程、介護士にとっては重要度が高い。
尿が多く出ている状態は、喜ばしいことなのだ。
「では、もう一度、右を向いていただいてもよろしいですか?」
「はいはい」
排便が出ていない限り、排泄介助は五分ほどで終えられる。
汚れたパッドを外したら、パッドが当たっていた部分を専用のシートで拭き、清潔にする。
その後、新しいパッドを当て、オムツをきっちりと当て直す。
ベテランなら、何分もかからない工程だ。
「今度は左かな?」
「そうです。お願いします」
椎川さんは、駿介の指示に従い、自分の力で動いてくださる。
ベッド柵につかまり、ぐっと力を入れると、体が横を向いた。
足腰に力が入らなくても、手や腕の力はまだ残っている。
駿介はその動きに合わせて、右、左とズボンを上げ直し、シャツも一緒に整える。
「はい、終わりましたよ」
「ありがとうございました」
椎川さんは頭を揺らしてお礼を言ってくださる。
「いえいえ、こちらこそ、いつも助かります」
駿介に続き、浩司も「ありがとうございました」と頭を下げる。
夜間帯の排泄介助後、お礼を言う御利用者は珍しい。
気持ち良く眠っているところを起こされ、自分の股間をまさぐられるのだ。
もし、同じ立場になったとしたら、仕方のないことだと理解できても、終わった後に「ありがとう」と言える自信はない。
椎川さんの性格の良さは、そんな一言からも伝わってくる。
「では、ごゆっくりお休みください」
「はい。おやすみなさい」
二人は居室の電気を消し、退室した。
「あの~~~」
と、居室を出た直後である。
ドアの目の前に人影があった。




