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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第二章:夜勤
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夜勤ー1

 ようやく、ぼんやりとした視界に目が慣れてきた。

 壁につるされた丸時計から、チッチッチッと時を刻む音が響いてくる。

 午後、十一時である。

 日中、あれやこれやと職員に物申してくるお年寄りたちは、居室きょしつでぐっすりと眠っている。

 フロア内で動いているモノと言えば、時計とエアコン、そして、夜勤業務に当たる職員だけである。

「……っ」

 浩司は欠伸を噛み殺した。

 気を抜くと、睡魔に襲われてしまう。


 ――暇なものだな……。


 やることがないわけではない。

 浩司が座るフロアテーブルの正面には、駿介の姿がある。

 彼は今、書類と睨めっこしている。

 本日、駿介にとって初めての夜勤業務となる。

 その監督役として、浩司は彼と共に業務に当たっていた。

 業務内容については、ある程度事前に説明してあるが、実際に動いてみると違うこともあるだろう。

 指導担当として、教えることは少なくない。


 とはいえ。


 本来、小規模事業所の夜勤業務は一人で行うものだ。

 特養などの大型施設と違い、小規模事業所は、最大でも九名しか泊まれない構造になっている。

 『一人夜勤』という重圧、責任の重さはあるものの、やること自体は特養に比べると少ないのだ。

 教えることを教えてしまえば、指導担当が行う業務はほとんどないのだった。



「終わりました!」



 駿介が勢いよく顔を上げる。

「静かに! 夜だぞ」

「あ、すみません」

 いつものように大きな声を出した彼を叱責する。

 日中であれば、大きな声も利点の一つになるが、夜間だけは別だ。

 業務上、どうしても出てしまう物音は仕方ないとしても、不必要に大きな声を出す意味はない。


 ――まあ、気持ちは分かるけどな。


 浩司も、初めての夜勤業務はテンションが上がったものだ。

 皆が寝静まっている中、自分だけが起きているという、なんとも言えない空気感に、気持ちが高まるのだ。

「ちょっと確認させて」

「お願いします」

 目を輝かせている駿介から、一枚の紙を受け取る。

 日中に使用する書類の一つだった。

 介護現場で使用する書類の作成、処理などは、ほぼ夜勤者が行っている。

 送迎表の作成、管理や、日中に使用した書類のチェック、更新などである。

 御利用者が活動している時間帯は、御利用者の対応を最優先で行わなければならない。そのため、時間のかかる書類関係の業務は、夜勤者が担当しているのだ。

「よし、次やるぞ」

「分かりました」

 チェックを終え、次の業務に取り掛かる。

 浩司はテーブルの端に用意しておいた、プラスチックケースを引き寄せる。

 縦七十センチ、横五十センチの大きめの箱である。

 その中には、いくつものビニール袋が入っている。

「薬をセットするぞ」

「はい」

 ビニール袋の中身は、御利用者の薬類だ。


 薬の管理は、介護士にとって重要な業務の一つだ。


 認知症を持つ御利用者は、薬を飲み忘れたり、飲んだことを忘れて、同じ薬を複数回飲んでしまったりする。

 これは大変危険な行為で、最悪の場合、命に関わる。

 血圧を下げる薬を何回も服用してしまったらどうなるか、少し考えればすぐ分かるだろう。

 そういった理由から、ふれあい西家を利用している間は、例外なく、全ての薬を職員が管理している。

「次、滝野さんの薬だな」

「はい」

 滝野セツ、と書かれた薬袋を取り出す。

 薬局名が書かれた薬袋の中から、明日、服用するべき薬を一つだけ手に取り、残りの薬は袋へと戻す。

 取り出した薬を、朝、昼、夕、に分かれている、縦横十センチ程度の小さなケースへと入れていく。

「薬チェック表のマークも忘れないようにな」

「はい」

 夜勤者が確実にセットしているのかを確認する、『薬チェック表』にも、きちんとマークをしていく。

「……」

 この作業に関しては、浩司も集中する。

 薬のセットミスは、「すみませんでした」では済まない。

 日中、バタバタしている時ではミスが多発するからと、わざわざ夜勤者に仕事が回されているのだ。

 決して、ミスは許されない。

 そうでなくても、駿介は始めての夜勤なのだ。

 なにかあれば、浩司の責任になる。

「これが、桐谷さんで――」

 一つ一つ、薬を確かめていく駿介の手元を、注視する。

 最後の一錠まで見逃さず、きちんとチェックして、

「うん……。大丈夫、かな」

 太鼓判を押す。

 駿介も緊張していたらしく、ふー、と肩の力を抜いた。

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