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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第一章:時間
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時間ー6

「たぶん、考え方が逆なんだよ。……○○までにこれを終わらせなきゃならないとか、○○があるから早くしなくちゃならないとか、そういう、焦る気持ちや心の余裕のなさが、事故に繋がることは理解しているよな?」

「それは、はい。分かっています」

 再度、頷く。

 だから、時間の優先度は高くない、と結論付けたのだ。



「だから『時間』は、常に意識しなくちゃならないんだよ」



「……?」

「時間に縛られて、○○しなくちゃならないと焦ったり、余裕がなくなったりすると事故に繋がるのなら、そういう時こそ、一息つくべきなんだよ。時間を意識するからこそ、『余裕を持って行動するべき』なんだよな」

 分かるか、と聞いてくる。


 もちろん分かる。言いたいコトは理解できる。


 時間を気にするあまり、余裕がなくなるから事故が起きる。

 なればこそ、『時間がない』と思った時こそ、のんびりと、心に余裕を持つべきだ、と。

 時間の優先順位を下げて、意識しないようにするのではなく、時間を常に意識しているからこそ、急ぐな、ということか。


「そもそもの話をするとだな」


 今度は、浩司が顔を向けて来る。

 なにか、挑戦的にさえ見える、不敵な笑みを浮かべていた。

「足腰が悪かったり、認知症で何も分からなくなったり、そういう御利用者相手に、いくら『急げ』と言っても無理があるだろ? 早く歩けない御利用者の周囲を、職員がバタバタと走り回っていたら、その人はどう思う? 恐怖を感じると思わないか?」

「思います」

「だろ? 俺たち介護士は、本来、ゆっくりと仕事をするべきなんだよ」

「…………」

 納得半分、不服半分、である。

 浩司の言うことは、正しいのだろう。

 事故を起こさないため、御利用者のスピードに合わせるため、心に余裕を持ち、のんびりと仕事をする。

 時間を意識していなければならないが、意識しているからこそ、常に平常心を保つ必要がある。

 それが、介護士だ、と。


 ――でも……。


 でも、だ。

 駿介が真に聞きたいのは、そこじゃない。


「じゃあ、田島さんは、正しいんですか?」


 時間云々の話は大変勉強になるが、正直な話、田島がそこまで考えているのか、怪しいと感じる。

 余裕を持って行動せよ、ということならば、ぎりぎりまで休憩に入っているのはどういうことなのか? それすらも、『心に余裕を持たせるため』と割り切っているのだろうか。

 他の職員に負担を強いている状況でも、気にしてはいけないのだろうか。

 田島の行動は、『正しい』と言えるのだろうか。



「あー…………半分正しい、かな?」



 強い視線を投げると、浩司は目を逸らし、空を見上げた。

 本日は、雲一つない快晴だ。夏の空が広がっている。

 浩司は、眩しそうに目を細めた。

「田島さんの行動、全てが正しいとは言わないよ。他の御利用者や職員に迷惑をかけているのは事実だ。……実際、目に余る時は、和田さんや川瀬主任から注意されているし、俺や硯さんも、苛々する時はある」

 でも、と浩司は言う。

「田島さんは、絶対に事故を起こさないし、時間がかかったとしても、任された仕事は確実にやり遂げている。なにより――」



「――田島さんは、『芯』があるんだよ」



 浩司は言いつつ、太陽光から逃れるように、事業所の中――フロアの方へと体を向ける。

「まだ分からないかもしれないけど……。田島さんは、優秀な介護士だよ」

 浩司はそこで言葉を切り、最後にこんな言葉を残す。



「ふれあい西家の職員の中で、駿介の『理想』と一番近い職員は、田島さんだと思うぞ。田島さんのことを、よく観察してみると良いよ」



 顔だけ駿介の方へ向けてそう言うと、浩司は「暑いから中に入ろう」とフロアへ歩いて行ってしまう。

「……」

 駿介は眉を寄せ、浩司の背中を見つめる。

 もやもやとした気持ちが晴れないままだった。

 煙に巻かれたような感覚だ。

 気持ちの悪い不満だけが残ってしまった。


 ――どういうことだ?


 浩司は、田島が正しいとも、間違っているとも結論付けなかった。

 御利用者に対してゆっくり動くという正しい部分と、それ故に、他者に迷惑をかけているという、間違っている部分があると言う。

 しかし、最終的には『優秀だ』と言った。



 よく、分からない。



 正直な感想はそれだった。

 浩司は、こうも言っていた。

 駿介の理想に近い存在だ、と。

 リスク管理が上手い浩司自身でもなく、周囲に気を遣える冴香でもなく、安定感のある川瀬主任でもなく――マイペースで、のんびりと動いている田島が、駿介の理想に近い、と。


 駿介には、既に憧れの介護士がいる。


 その人は、ハキハキとした人で、どちらかと言えば、素早く行動していたように感じる。

 田島とは、似ても似つかない。


「駿介、早く戻ってこい!」


 と、物思いにふけっていると、フロアの方から声が飛んでくる。

 ハッとする。

 今は、勤務中だ。

 考え事はあとでもできる。



「今、戻ります!」



 駿介は、釈然としない気持ちを抱えたまま、勤務に戻ったのだった。

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