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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第一章:時間
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時間ー5

「……」

 駿介は黙って田島の帰還を受け入れるが、やはり、腑に落ちない。

「今、行きますね」

 そう言いながら、田島はこれまたのんびりと、髪の毛を縛り直す。

 紺色のゴムでくるくると髪の毛を結い、「よし」と手を叩く。

「じゃあ、行ってきますね」

 行ってきますね、ではない。

 他になにか言うことがあるのではないだろうか。

 駿介は「お願いします」と、言葉だけで返事をした。

 田島は順番に御利用者を車に乗せ、五分ほどで出発する。

「さようなら~」

 車中から手を振って来る御利用者へ、手を振り返しつつ、思う。


 ――これ、いいのかな……?


 途中から、駿介とともに準備に参加していた浩司も、「気を付けて~」と何食わぬ顔で見送っているが、駿介の中にはもやっとした気持ちが溜まる一方だ。

 駿介はこの三ヶ月間『なにかあったらすぐに先輩職員を呼べ』と、浩司から何度も注意されてきた。

 浩司の介護に対する姿勢に、疑問を抱いたことこそあれど、その言葉自体に疑問を抱いたことはない。

 会社という場所に属している以上、当然の義務だと思うし、なにより、他の職員、御利用者に迷惑がかかる。

 『なにかあったらすぐに呼べ』という言葉通りに考えるなら、大幅に時間が遅れている状況で、何故、他の職員へ何も報告がないのか。

 何故、田島だけが許されているのか。

 自分に指導されている内容と、田島への対応が矛盾している。


 意味が分からなかった。


「コージさん」

「なんだ?」

「田島さんは…………えーっと、その……」

 口を開いて、駿介は詰まった。

 なんと聞いて良いか分からなかった。

 はっきり言ってしまえば、


 社会人として、時間感覚がおかしいのではないか?

 他の職員をなんだと思っているのか?

 どういう神経をしているのか?


 と、そんな感じになるが、さすがにそのまま質問することはできない。

 介護に関する質問ならともかく、目上の先輩に対して、偉そうに『社会人のなんたるか』なんて、質問できるはずがなかった。



「あー……そうだな」



 駿介が言い淀んでいると、浩司は質問内容を察したらしく、「一つだけ」と言う。

「全て言葉で説明するのは難しいから、一つだけ、言うぞ」

「はい」



「田島さんは、絶対に、事故を起こさないんだよ」



 浩司は逆に問いかけて来る。

「これまで、駿介に『なにかあったら呼べ』とは言ってきたけど、『時間を守れ』、と言ったことはないよな?」

「……はい」

 確かに、言われたことがない。

 送迎などで『時間にも注意するように』と指導されたことはあったが、必ず守れ、という指導は受けていない。

 駿介が頷いたことを確認してから、浩司はさらに問いかける。

「駿介は介護をする上で、『時間』はどのくらい大切だと思う?」

「……」

 考えてみる。

 例えば、一般企業であれば、時間の重要度はかなり高いだろう。

 ニュースなどでも、時間外勤務に対する問題等、時間に関する話題はよく耳にする。

 時間を有効に使うため、仕事の効率化など、積極的になされているだろう。


 では、介護においてはどうか。


 仕事が遅ければ、他の御利用者や家族に迷惑がかかる。

 他の職員にも負担を強いることになる。

 反面――。

 イレギュラーな事態が多いことは、駿介も理解している。

 急に具合が悪くなったり、認知症の影響で、職員の思うように御利用者が動いてくれなかったり、そんなことは日常茶飯事だ。

 そういう時に、職員が焦って行動しては、余計に被害を拡大させる。

 ほんの少しの油断や、ちょっとしたミスが事故に繋がるのだと、駿介はもう知っている。

 ということは――。

「それほど、『時間』の優先順位は高くない、ということですか?」

 他の職員への負担、他の御利用者、家族への迷惑を差し引いても、それほど重要度は高くない、ということだろうか。

 駿介は、浩司へと視線を向ける。



「いいや? すごく高いよ」



 浩司は得意気に笑う。


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