時間ー4
◆◇◆
「硯さん、排泄終わりました!」
「ありがとうございます。記録も書いておいてください」
「分かりました!」
午後、三時過ぎである。
駿介は、トイレ誘導やオムツ交換といった排泄業務を終え、冴香の指示通り、手早く記録も済ませてしまう。
まだまだ先輩たちの速度には敵わないが、自分なりに一生懸命、動いていた。
「えーっと……」
次はなにをするべきか、フロアを見渡す。
午後三時は、おやつの時間だ。
おやつは、あらかじめ発注されたものを提供しており、日によって出されるものが違う。
喉に詰まりやすい餅類はNGとされているが、それ以外であれば、多種多様なものが提供される。
今日のおやつは、昔ながらの醤油せんべいだった。
あちこちからパリパリという音が聞こえて来る。
中には、既に食べ終えている人もいた。
――次は、送迎の準備、かな?
駿介は、これまで教えてもらったことを思い出す。
泊まりではない、『通い利用』の御利用者は、だいたい、三時半頃から自宅へ送ることになっている。
これも、午前中の送迎と同様に、ご家族の意向から時間指定されているため、時間がずれこまないよう、配慮しなければならない。
三時におやつを食べ、一服した御利用者から順々に、玄関に集まり、乗車していただく形となる。
送迎業務を行う職員が中心となって動くのだが、必ず、誰かがやらなければならないという決まりはない。
手が空いているのなら、その業務へ入るべきだ。
――でもなー……。
しかし、そこまで理解していながら、駿介は逡巡した。
本日、送迎業務を担っているのは田島だ。
通常であれば、田島が中心となり、駿介が支援に入る形になる。
ただ、その田島が、休憩から戻って来ないのだ。
田島は二時半頃に休憩に入っている。
一応、休憩は一時間取って良い決まりになっている。
まだ戻って来ないのも、悪いことではない。
ないのだが。
――普通、少し早めに戻って来ないか?
駿介は、不満に思ってしまう。
田島の休憩時間がその時間になってしまったのは、桐谷さんの食事介助が異様に長かったことが原因だ。
そうでなければ、駿介よりも早く出勤していた田島が、駿介よりもあとに休憩に入ることなどあり得ない。食事介助がいつになっても終わらないため、冴香と浩司から、駿介が先に休憩に入るよう、指示されたのだ。
その結果、送迎業務を担当するはずの田島が、ぎりぎりまで休憩に入っているという、今の状況に発展している。
普通、自分が行わなければならない業務があるのなら、五分、十分くらい早めに休憩を切り上げるものではないのか?
そう思ってしまう。
しかも、遅れた理由は本人にあるのだ。
何故、その尻ぬぐいを、他の職員が行わなければならないのか。
駿介には理解できなかった。
その上、
「駿介、そろそろ送迎に準備お願いしていい?」
これである。
浩司は、それが当たり前かのように、指示を出してくる。
田島が遅れていても、誰も、文句を言わない。
一体、どういうことなのか。
「はい、分かりました」
返事はしつつ、駿介の行動は鈍かった。
御利用者が持参してきたバッグをまとめ、玄関へ運び出す。
意味もなく、田島のように、のんびりとした動きで歩いてみる。
足元を確認し、ぎゅっと足先に力をいれ、ゆーっくりと歩く。
一歩ずつ、一歩ずつ……
――……阿保らしいな。
ほんの数秒で馬鹿らしくなり、やめる。
これでは、逆に疲れてしまう。
「皆さん、送っていきますよ!」
その後、帰宅する方々に声をかけて回る。
そうして、帰宅する御利用者全員が玄関に集まり、準備を終えた頃――。
「あ、準備ありがとうございます~」
田島が休憩から戻って来る。
本当に、たっぷり一時間休憩に入っていた。




