時間ー2
◆◇◆
十一時四十五分。
毎日、昼食前のこの時間は、戦場と化す。
「駿介、できているものは盛り付けして!」
「分かりました!」
浩司は、つい数分前、訪問から帰って来たばかりの駿介に指示を飛ばす。
「彩峰さん、今日、『きざみ』何人でしたっけ?」
「四人……だと思うけど、一応確認して」
「了解です」
キッチンに職員が集まり、慌ただしく動き回る。
浩司が料理を作る当番だった。
主婦のように――とはいかないまでも、何年も同じ作業をしていれば、自然と慣れて来る。
リズミカルに包丁を動かし、フライパンに材料を投入。
それらに火が通るまでの間に味噌汁を作り、食器類も出してしまう。
並べられたそれらに、駿介が盛り付けを行い、冴香が提供前の『仕上げ』を行う。
職員同士で細かく声をかけ合い、なるべく、十二時には御利用者に出せるよう、準備をする。
「駿介、終わったらお茶の用意も頼む」
「はい!」
「硯さんは、おしぼり出しておいて」
「今、出してます!」
「お、さすが。助かる!」
狭いキッチンの中で、互いを邪魔しないよう、なにが必要か、見極めなければならない。
必ず十二時に出さなければならない、というわけではないのだが、これが遅れると、必然的に午後の業務もワンテンポ遅れてしまう。
定時退社を目指すのであれば、昼食前のこの時間は、踏ん張りどころなのだ。
「みなさーん! これからご飯になりますので、テーブルを拭きますね~~~」
そんな中、ゆったりとした声がフロアに響く。
その声には、焦りも緊張感もなく、のんびりとしたゆるーい空気だけがこもっていた。
「……気が抜けるな、おい」
「相変わらず、田島さんはマイペースですね……」
浩司と冴香は苦笑いで聞き流す。
ホールへと視線を投げると、ゆーっくりと、テーブルを拭いて回る、介護職員、田島の姿がある。
小柄な体をぐっと伸ばし、大テーブルを拭いて行く。
一つ一つの動作がゆったりとしており、機敏という言葉とは、無縁な存在に見える。
状況を考えればもう少し急いで欲しいところだったが、もはや慣れてしまった。
田島の『コレ』に関しては、苛々したところで無駄なのだと職員全員が共通認識として持っている。
通称、『マイペースおばさん』。
それが、田島である。
「――よし、出来上がり!」
そうこうしている間に、キッチンの方は準備完了である。
御利用者それぞれのお盆に、それぞれに見合った食事量、食事形態の料理を盛り付けた。
十二時まであと数分というところだが、なんとか準備を終えることができた。
これぞ、連係プレーである。
一方の田島は、というと。
「はい、じゃあ皆さん、次は、手の消毒をしましょう~!」
相変わらずの調子だった。
アルコールが入ったボトルを持ち、一歩一歩、踏みしめるような足取りで御利用者のそばを回って歩く。
浩司たちが最高速度で動いていた中、田島はテーブルを拭いただけだったらしい。
「……先に片づけておくか」
「そうですね」
浩司と冴香は諦めて、キッチンの整理に取り掛かる。
急いで準備したために、フライパンや鍋がそのままになっていた。
「あの、田島さんって、いつもあんな感じなんですか?」
「ん? ああ、だいたいな」
手を動かしつつ、駿介からの質問に答える。
そう言えば――この三ヶ月間、川瀬主任や冴香と勤務が被ることが多く、田島と同じ勤務についたことはほとんどない。
シフトの都合によっては、なかなか会う機会がない職員も多い。
駿介にとっては、新鮮なのだろう。
「さっき、送迎から帰って来た時も、急いでいる様子はなかったですし……その、大丈夫なんですか?」
駿介は、未だ、のんびりと行動している田島に疑問を持った様子だった。




