滝野さんⅡー14
「よし。じゃあ、あとは和田さんが戻ってからだな」
川瀬主任はそう言って、滝野さんのもとへと向かおうとする。
現場を預かる者として、滝野さんの状態把握は当然の義務だろう。
他にも、やらなければならない業務は多くあるはずだ。
「――っ」
浩司は少し逡巡し、
「あのっ!」
離れていく背中へ、声をかけた。
捜索を開始してから――いや、滝野さんがいなくなったと聞いた時から、ずっと反省していたことがあった。
二ヶ月ほど前、川瀬主任に、こんなことを言われた。
『当たり前のことが身についてないから、新人って言うんだぞ?』
浩司は、駿介が西坂さんにべったりと張り付き、他の業務が疎かになっていることに気が付いていた。
通常、注意しなければならない御利用者がいたとしても、他の業務を疎かにすることはあってはならない。
一人の御利用者を優先するあまり、他の御利用者を蔑ろにしてしまう恐れがあるからだ。
二ヶ月以上経っても、駿介は、そういう『当たり前』が身についていなかった。
だから、浩司は思ったのだ。
休憩に入る前、駿介に料理をして欲しい、と。
料理を任せてしまえば、基本的に、フロアよりも料理に集中する。
その間、川瀬主任と冴香という、信頼できる二人にフロアを任せることができるのだ。
駿介が、西坂さんばかりを注視している現状に気付いていたからこそ、『放って置くと、なにかが起こるかもしれない』と予想できていた。
でも、声をかけるのが面倒だからと、きっと大丈夫だろうと、無視して休憩に入った。
もし、冴香に「駿介は西坂さんばかりを気にしているから、注意していて」と声をかけていればどうだっただろうか。
もし、面倒くさがらず、川瀬主任をフロアに残し、駿介に料理を任せていたらどうだっただろうか。
今回の事件は、防げていたはずだった。
ただ、それは結果論とも言える。
たまたま事件が起こってしまったから、因果関係として成り立つだけで、そんなところまで気を遣って動ける人間がどこにいるのか。
きっと、浩司でなくても、同じミスをする人間は多いだろう。
そうも思った。
だから浩司は、自分に言い聞かせていた。
駿介が、冴香や川瀬主任に声をかけていれば――。
冴香が、川瀬主任にも声をかけていれば――。
川瀬主任が――。
ずっと、そう考えていた。
ずっと、そうやって言い訳していた。
けれど。
後進育成を担う『指導担当』として、あるべき姿はなにか……?
きっと黙っていれば、この『判断ミス』は気付かれないだろう。
冴香にも駿介にも、分からないだろう。
誰からも非難されず、誰からも責められない。
それでも――。
「本当に、申し訳ございませんでした!」
浩司は、川瀬主任へ頭を下げた。
今更謝ったところで、どうなるものでもない。
誰に対して謝っているのかもよく分からない。
単なる自己満足かもしれない。
そんなことは分かっている。
だけど、
熱意は――誠意は、必ず伝わる。
後輩から学んだことだった。
「コージ」
「……はい」
「次は、期待してるぞ」
「――はいっ!」
こうして、滝野さん脱走事件は、幕を閉じた。




