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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第一章:滝野さん
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滝野さんー5

     ◆



「あの、すみません」

「はい! どうされましたか?」

 今日も今日とて、朝から元気な声が響いていた。

 声の大きさだけは一人前以上である。

「元気だなー……」

 浩司は欠伸を噛み殺す。

 窓の外へと視線を向けると、桜の花びらが目に映る。

 今日は朝から、雲一つない晴天で気持ち良かった。

 ぽかぽかとした陽気に包まれ、春本番、といった気候である。

「よっ、と」

 浩司はフロア右奥、お風呂場の脇で洗濯物干しを行っている。

 布切れを取ってはパンパンと叩き、ハンガーにかける動作を繰り返す。

 これが意外と大変なのだ。

 ふれあい西家の登録利用者は、小規模事業所で受け入れることができる、二十九名ピッタリだ。

 一日の利用者数はだいたい、十五、六人ほど。

 つまり、十数人分の洗濯物がある。

 手洗い場で使用するハンドタオルや、食事の度に出しているおしぼり。エプロンが必要な御利用者もいる。そしてお風呂に入れば、バスタオルや足ふきマット、衣類も出る。

 乾燥機があればまだ楽なのだろうが、残念ながら、ふれあい西家には乾燥機が設置されていない。

 全て、手作業で干さなければならないのだ。

「コージさん、バイタルチェック終わりました。次、何をすれば良いですか?」

 駿介が小走りでやって来た。

 駿介とのやり取りも、一週間前より砕けた雰囲気になっていた。

 バイタルチェック――御利用者の体温、血圧などを計測し、記録しておくこと――を終えたらしい。

「そうだな……。駿介はしたいことある?」

「やりたいこと、ですか?」

「今日は特別、やらなきゃならないことはないから、やりたいことがあればなんでもできるよ」

 浩司は言いつつ、洗濯カゴの中からズボンを引っ張り出そうとして、

「げっ」

 掴んだ感触に嫌な予感を覚える。

 ちょうどズボンの膝の辺りを掴んだのだが、なにやらぐにょりとした感触が手のひらに伝わって来た。

「あー……」

 裏返して、ため息が漏れる。

 湿布シップが張り付いていた。

 お年寄りは、あちこちに湿布を貼っている人が多い。

 洗濯をする前に、きちんと確認しないとこういうことになる。

「コージさん!」

 考えがまとまったのか、駿介が真剣な顔を向けて来る。

 浩司はぐにょぐにょになった湿布の端をつまみ、「決まった?」と問いかける。

 駿介は「はい」と勢い良く頷き、


「もう一度、コミュニケーションを取っていても良いですか?」


 自ら、再チャレンジを申し出て来た。

 両手を握り締め、気合い十分、といった感じである。

「いいよ。頑張れ」

 浩司はズボンから湿布を引きはがしつつ答える。

 苦手なことに正面から向き合うのはなかなか難しい。

 明るく真っ直ぐで、何事にも一生懸命。

 駿介のこういうところは、素直に好感が持てる。

「ありがとうございます! 頑張ります!」

 駿介はがばっと頭を下げ、次の瞬間には御利用者のもとへ駆けていく。

「走るなー!」

「すみません!」

 何度、このやり取りをしたか分からない。

 明るく真っ直ぐなのは良いことだが、不器用というか、正直すぎるというか……。

 浩司は苦笑いで見送って、手元のズボンに集中する。

「くそ、取れないな」

 べったりと張り付いた湿布は、剥がれそうでなかなか剥がれてくれなかった。

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