滝野さんー5
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「あの、すみません」
「はい! どうされましたか?」
今日も今日とて、朝から元気な声が響いていた。
声の大きさだけは一人前以上である。
「元気だなー……」
浩司は欠伸を噛み殺す。
窓の外へと視線を向けると、桜の花びらが目に映る。
今日は朝から、雲一つない晴天で気持ち良かった。
ぽかぽかとした陽気に包まれ、春本番、といった気候である。
「よっ、と」
浩司はフロア右奥、お風呂場の脇で洗濯物干しを行っている。
布切れを取ってはパンパンと叩き、ハンガーにかける動作を繰り返す。
これが意外と大変なのだ。
ふれあい西家の登録利用者は、小規模事業所で受け入れることができる、二十九名ピッタリだ。
一日の利用者数はだいたい、十五、六人ほど。
つまり、十数人分の洗濯物がある。
手洗い場で使用するハンドタオルや、食事の度に出しているおしぼり。エプロンが必要な御利用者もいる。そしてお風呂に入れば、バスタオルや足ふきマット、衣類も出る。
乾燥機があればまだ楽なのだろうが、残念ながら、ふれあい西家には乾燥機が設置されていない。
全て、手作業で干さなければならないのだ。
「コージさん、バイタルチェック終わりました。次、何をすれば良いですか?」
駿介が小走りでやって来た。
駿介とのやり取りも、一週間前より砕けた雰囲気になっていた。
バイタルチェック――御利用者の体温、血圧などを計測し、記録しておくこと――を終えたらしい。
「そうだな……。駿介はしたいことある?」
「やりたいこと、ですか?」
「今日は特別、やらなきゃならないことはないから、やりたいことがあればなんでもできるよ」
浩司は言いつつ、洗濯カゴの中からズボンを引っ張り出そうとして、
「げっ」
掴んだ感触に嫌な予感を覚える。
ちょうどズボンの膝の辺りを掴んだのだが、なにやらぐにょりとした感触が手のひらに伝わって来た。
「あー……」
裏返して、ため息が漏れる。
湿布が張り付いていた。
お年寄りは、あちこちに湿布を貼っている人が多い。
洗濯をする前に、きちんと確認しないとこういうことになる。
「コージさん!」
考えがまとまったのか、駿介が真剣な顔を向けて来る。
浩司はぐにょぐにょになった湿布の端をつまみ、「決まった?」と問いかける。
駿介は「はい」と勢い良く頷き、
「もう一度、コミュニケーションを取っていても良いですか?」
自ら、再チャレンジを申し出て来た。
両手を握り締め、気合い十分、といった感じである。
「いいよ。頑張れ」
浩司はズボンから湿布を引きはがしつつ答える。
苦手なことに正面から向き合うのはなかなか難しい。
明るく真っ直ぐで、何事にも一生懸命。
駿介のこういうところは、素直に好感が持てる。
「ありがとうございます! 頑張ります!」
駿介はがばっと頭を下げ、次の瞬間には御利用者のもとへ駆けていく。
「走るなー!」
「すみません!」
何度、このやり取りをしたか分からない。
明るく真っ直ぐなのは良いことだが、不器用というか、正直すぎるというか……。
浩司は苦笑いで見送って、手元のズボンに集中する。
「くそ、取れないな」
べったりと張り付いた湿布は、剥がれそうでなかなか剥がれてくれなかった。




