滝野さんⅡー12
「もしもし?」
〈もしもし、彩峰さんですか? 硯です〉
「ああ。どうした?」
事業所を出て以降、捜索範囲が被らないよう、頻繁にやり取りしている。
冴香とは、つい十分ほど前にも通話したばかりだ。
なにか新情報でもあるのかと期待するが、
〈こっちは全然ダメです。彩峰さんは進展ありましたか?〉
冴香の方も、何もないらしい。
こちらの状況を伝えると、電話の向こうでも落胆の息が漏れる。
〈もう探す場所、ないですよ〉
「そうだよな。あとは、警察の情報を待つくらいか?」
〈進展があれば良いですけど……〉
雨宿りしている可能性もあるのではないか、という線から、警察は『住居に侵入している可能性』を追っている。
緊急時とはいえ、警察でもない人間が、他人の住居へ上がり込むわけにもいかない。
警察の方々には、警察という身分を生かして、独自に動いてもらっていた。
〈でも、家の中ならともかく、農業ハウスとか、普段使っていない倉庫に入り込んでいたら、所有者でも分からないですよね。警察でも、簡単に見つけられないんじゃないですか?〉
「それはそうだけど……」
浩司は同意しつつ、それを言い出したらキリがない、とも思う。
農業が盛んなこの地域には、ハウスや倉庫といった、『その時以外は入らない場所』が多く存在する。
滝野さんがそういった場所に入り込んでいた場合、見つけ出すのは容易じゃない。
――……なるべく、そうだとは思いたくないな。
薄暗いままの空を見上げる。
道路を歩いているのだとすれば、このまま捜索を続ければ確実に見つけられる。
住居に侵入していた場合も、時間の問題だろう。
もしも、そのどちらでもなかった場合。
どれほど手を尽くしても、見つけられる保証はない。
冷たくなった状態で、後日、発見されることになる。
「とにかく、捜索を続けるしかないだろ。こうして電話していてもしょうがない」
〈そうですね〉
「見つけられると信じよう。……無理はするなよ」
〈はい。そちらも〉
互いに声を絞り出して、通話を切る。
「……」
スマホの画面を見つめ、途方に暮れる。
いよいよ、打つ手がない。
捜索自体は続けるとして、それとは別に、覚悟を決めておく必要があるかもしれなかった。
――……倉庫に、農業ハウス、か。
ここへ来る間にも、そういった場所は沢山見て来た。
農家でなくても、一般の家庭にだって、倉庫の一つや二つあるだろう。
そんなところに隠れられたら、把握は困難だ。
しかも、弱まって来たとはいえ、この雨の中だ。
倉庫の中を確認しようにも、並大抵の――
「…………倉庫?」
と、そこまで思考を巡らせて。
引っ掛かりを覚える。
「ひょっとして……」
それはある意味、馬鹿みたいな考えだった。
まだ『事業所内に隠れていた』と言われた方が、納得できるかもしれない。
これだけ外を探し回って、何十人もの人間が集まって――なんで、気付かなかったのか。
ふれあい西家にも、倉庫はある。
駿介たちは、滝野さんがいなくなってから、事業所内にいないことを確認し、和田管理者や、浩司たちに声をかけている。
その後、すぐに車に乗り込み、事業所外へと出発した。
ふれあい西家の敷地内は、いつ、探した?
探していないじゃないか。
少し考えれば分かることだった。
滝野さんが玄関から外に出ていないのであれば、そこはまだ、ふれあい西家の敷地内だ。
『外へ出てみたものの、雨が酷くて雨宿りしている』と考えるならば、なおのこと、最も近くにある『雨宿りできそうな場所』は、事業所の倉庫しかない。
倉庫は、玄関前を清掃するための箒やちりとりなども収納されており、基本的に鍵はかけていない。
一時的に身を隠す場所としては、うってつけだ。
「なあ、駿介、一つ聞いていいか」
浩司は、低い声で問いかける。
「事業所の倉庫は、探したか?」
「え? 倉庫?」
尋ねられた駿介は、一瞬、きょとんとした表情になるが、
「あっ!!」
浩司と同じ考えに思い至ったらしく、大きな声をあげる。
――ビンゴだ!
駿介の反応を見て、確信する。
現場にいた職員の中でも、最も真剣に探していた駿介が、気付いていなかったのだ。
他の誰かが気付いているとは考えにくい。
「コージさん、すぐに連絡を!」
「ああ!」
駿介に促され、スマホのホーム画面を立ち上げる。
事業所の電話番号を立ち上げ――
「お!?」
立ち上げようとしたところで、逆に、事業所から電話がかかってきた。
「……」
鳴り響くスマホを見て、なにか、予感がした。
駿介と顔を見合わせる。
「出てください」
「分かった」
駿介も、同じものを感じ取ったようだった。
張り詰めていた表情が、和らいでいた。
「はい、彩峰です」
〈もしもし、コージか?〉
電話の相手は、川瀬主任だった。
少し、声が上ずっていた。
どうしましたか、と聞くと、川瀬主任は言った。
〈滝野さん、見つかったぞ! 事業所の倉庫にいた!〉
かえって来た言葉は、思った通りのものだった。




