滝野さんⅡー11
それは、どんな場所でも珍しくない、非常口を示すマークだった。
緑色の人型がドアから飛び出していく、ありふれたイラストだ。
――ちょっと待てよ?
その絵を見て、浩司はある疑問に思い至る。
「なあ、駿介、一つ聞いていいか?」
「なんですか?」
浩司は立ち止まり、尋ねる。
「滝野さんは、どこから外に出たんだ?」
そう言えば、確認していなかった。
フロアには、キッチンで食事を作っていたとはいえ、川瀬主任がいたはずだ。駿介も、注意を逸らしていたかもしれないが、いなかったわけではない。
ホールと玄関をつなぐ廊下は、そこそこの距離がある。
滝野さんが玄関から外へ出たのだとすれば、さすがに気が付くのではないだろうか。
一体、どこから外へ出たというのか。
「……? 居室の窓からですよ」
しかし、浩司の疑問は、駿介に一蹴された。
立ち止まった浩司を振り返り、駿介は早口に答える。
「居室の窓が開いていたのですよ。この雨ですから、閉め切っていたのは間違いありません。おそらく、そこから外へ出たのではないかと思います」
「そうか……」
「そう言えば、細かく説明していませんでしたね」
「ああ」
頷き、浩司はがっくりとうな垂れる。
もし、どこから出たのか分からないなら、『出て行ってしまった』と思い込んでいるだけで、ひょっとしたら事業所内に隠れ潜んでいるかも……と想像したのだが、考え過ぎだったようだ。
確かに浩司も、窓を開けた記憶はないし、開ける理由もない。
開いていたのだとすれば、滝野さん以外考えられないだろう。
そもそも、滝野さんがいなくなった後、駿介たちは事業所内を探し回ったはずだ。何らかの理由で事業所内に隠れ潜んでいたとしても、誰かが発見しているだろう。
「……ふう」
首を回し、肩に入っていた力を抜く。
煮詰まってしまい、思考が鈍っているのかもしれない。
パン、と頬を叩き、歩き出す。
駿介から『しっかりしてください』という視線を受け、申し訳なくなる。
駿介は、滝野さんがいなくなったその時から、ずっと動きっぱなしだ。浩司よりも、数倍体力を消費しているだろう。
「……」
どっちが頑張っているとか、どっちが活躍したとか、駿介と張り合うつもりはない。
駿介の熱意を肌で感じて、心変わりしたとか、そんなこともない。
ほんの少し――。
ほんの少しだけ、自分に足りない部分を、気付かされただけだ。
先輩の自分が、めちゃくちゃな思考で場をかき回していては面目が立たない。
駿介が熱意で動き続けるなら、浩司は冷静な思考で、先輩らしく、リードしたかった。
――もう一度、最初から考えてみよう。
足は止めないまま、浩司は時系列を追う。
疲れた頭でも、一から考えれば、なにかが生まれるかもしれない。
今回の件はまず、浩司が休憩に入ったところが始まりだ。
浩司が休憩に入ったあと、冴香が排泄介助へと向かった。
次に動いたのは駿介だ。西坂さんが立ち上がったことから、その対応へと動いたらしい。
その結果、フロア内が手薄になり、滝野さんが外へ出てしまった、と。
こういう流れだ。
その後、駿介たちは慌てて事業所内を探したが、滝野さんの姿を見つけられず、和田管理者と大原、次いで、浩司へと連絡。
そこから先は、浩司も知るところだ。
――おかしなところはない……と思う。
順序もはっきりしているし、連絡すべきところへ連絡できており、探すべきところも探している。
やはり、このまま捜索を続けるしかないのか――
「ん? 誰だ?」
商業施設を出て、車へと戻る途中、スマホが振動を伝えて来た。
急いで車に乗り込み、画面を確認すると、冴香からの電話だった。
駿介に断りを入れ、通話ボタンを押す。




