表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第六章:滝野さんⅡ
55/105

滝野さんⅡー9

「……頭を、あげてください」



 暫しの沈黙を経て、お孫さんの唇が動いた。

 切れ長の目は、真っ直ぐに駿介を射抜いていた。

「どんなに頭を下げられても、祖母が見つかる保証はありません」

 ゆっくりと顔をあげた駿介に、厳しい言葉が投げられる。

「お年寄りの相手をするプロとして、お金をもらい、働いておられるわけですから、今回の件は、どんな理由があろうと許されないことだと思います」

 お孫さんの言葉は、全職員に対するものだ。

 浩司も、耳を傾けた。

「もし、このまま祖母が見つからず、亡くなるようなことがあったら、私は一生、あなた方を恨むと思います」

「……はい」

「祖母は、あなた方にとっては、ここに来るお年寄りの一人かもしれませんが、私たち家族にとっては、かけがえのない存在なのです。それは理解されていますか?」

「はい」

 駿介は、しっかりと頷く。

 お孫さんの想いを、言葉だけでなく、全身で受け止めようとしているような、そんな空気があった。

 鋭い視線を真っ向から受け止め、一言一句聞き逃すまいと耳だけでなく、体で音を聴いていた。

「本当に、理解されていますか?」

「はい!」

 重ねられた質問に、駿介は即答する。

 濡れた髪の毛から雨水が滴るが、視線はぶれない。

 瞬きすらせずに、お孫さんの目を見つめ返していた。

「…………」

 お孫さんはさらに十数秒、駿介の顔を見据える。

 駿介の言葉が上っ面だけのものではないか、見定めているようだった。

 その胸中に浮かぶのは、怒りか悲しみか、それとも別のなにかか。


「だったら――てください」


 ぼそり。

 お孫さんの口が動く。

「え?」

 聞き直した駿介に、お孫さんの表情が揺れた。



「だったら! 早く探しに行ってください!!」



 これまでとは打って変わって、感情に任せた大声が放たれた。

「本当に理解できているのなら、今、すべきことは、私に頭を下げることですか? 違うでしょう!」

 お孫さんの瞳には、涙の気配があった。

 滝野さんが見つかっていないこの状況下では、謝られたところで、答えようがない。こんなやり取りをしているくらいなら、一分、一秒でも早く、探しに出て欲しい――。

 そういうことだろう。

「あの! 本当に申し訳――」



「謝るのは! 祖母を見つけてからにしてください!!」



 再度、頭を下げかけた駿介へ、お孫さんは突き放すように言う。

 もう、駿介を見てもいなかった。

 隣で成り行きを見守っていた大原が、浩司へ目線で合図してくる。

 早く駿介を連れて行け、と。


 ――……こうなるよな。


 予想できた展開だった。

 話しかけるなとは言わないし、謝るなとも言わない。

 お孫さんに本気で謝罪するのは、それだけ、駿介が真剣に向き合っていることの証左だ。事業所職員として、誠意を見せたかったのだろう。

 ただ、タイミングが悪い。

 冴香はそれが分かっていたから、すぐに飛び出していったのだ。

 今、ご家族へかけられる言葉などない。

 全ては、滝野さんを見つけてからだ。

「……」

 大原の視線を受け、浩司は一歩、踏み出す。

 駿介には悪いが、これ以上、なにも言えることはないし、この場に残ってやれることもない。

 お孫さんの言う通り、一秒でも早く探しに行くべきだった。

「駿介、行くぞ」

 駿介の隣まで行き、軽く肩を掴む。

「…………」

「おい」

 それでも動かない彼を、浩司は軽く引っ張る。

 もうなにもできることはないのだと、言い聞かせるように「駿介」と名前を呼ぶ。

 その、直後だった。



「必ず! 見つけ出します!!」



 駿介はまた、がばっと頭を下げた。

 無駄だと分かっていながら、早く出て行けと突き放されていながら、それでも駿介は、折れなかった。

 全力で、全身全霊で、頭を下げた。

 そして、


「では、行ってまいります!」


 駿介は顔を上げると、そのまま玄関へ向かう。

 早歩き、というより、もはや走っているような速度だった。

「おい!」

 浩司は慌てて、彼を追いかけようとして。

 そこで、気付く。



「……よろしく、お願いしますっ」



 視界の端に映ったお孫さんが、目頭をぬぐっていた。

 でも確かに、自分たちへ『お願いします』と口にしていた。


 ――……っ!


 浩司は踵を返し、駿介を追いかける。

 『一生恨みます』という言葉も、嘘偽りない、心からの言葉だろう。

 恨まれて当然の失態を犯しているのだ。

 病気でも、事故でもない、単なる『職員の連携ミス』が原因なのだから。

 もし、そんなことで自分の大切な家族が失われたとしたら――。

 考えるだけでも、胸が痛くなる。


 そんな中で出た、『お願いします』の一言。


 その重みを、感じないわけにはいかなかった。


「……くそっ!」


 浩司は、その重みから逃げるように、事業所を飛び出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ