表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第六章:滝野さんⅡ
54/105

滝野さんⅡー8

「行ってきます!」

 冴香は誰よりも早く準備を整え、外へ飛び出していった。

 ペアとなった職員は、慌てて冴香のあとを追う。

 一応、「気をつけろよ!」と声をかけたが、耳に届いていたかは分からない。

 一切振り返らず、前へと突き進んでいった。


 そして、もう一人。


「コージさん」

 冴香と同じか、それ以上の熱量を持つ男は、浩司よりも数倍早く、準備を終えていた。

 防寒具を着込む浩司へ、声をかけてくる。

「コージさん、少し、待っていていただけますか?」

「ん? 別にいいけど?」

「すみません。すぐに戻ります」

 それだけ言うと、駿介は浩司のもとを離れる。

「……?」

 一刻も早く捜索に出たいはずなのに、一体なんの用事があるのだろうか。

 手は休めず、目だけで彼の背を追うと、行先が分かる。

 彼は、お孫さんのもとへと向かっていった。


 ――なんの用だ……?


 話しかけるな、とは言わない。

 騒動を起こしてしまった当事者として、言いたいことがあるのだろう。

 けれど、今、このタイミングで話しかけるのはリスクもある。

 お孫さんは、話し合いの最中から、徹頭徹尾、硬い表情を崩していなかった。眉間にしわを寄せ、真剣な眼差しで職員や警察の話を聞いていた。

 はっきり言って、ふれあい西家への信頼は地に落ちたと言っても良い。

 ご家族からすれば、ふれあい西家は『お金を払ってでも、自分たちの代わりを務めて欲しい』と、信頼して預けた場所なのだ。

 そんな場所で、行方が分からなくなったとなれば、怒って当たり前――どころか、裁判沙汰にもなりかねない。


 それほどデリケートな状況だと、駿介は分かっているのだろうか。


 浩司は固唾をのむ。

 お孫さんは、お風呂場前のスペースで、大原と話していた。

 その顔は険しく、やはり怒っているように見える。

 ご家族と直接関わる立場である大原に対し、どんなことを話しているのか。

 想像しただけでも胃が痛くなる。


「あの、すみません」


 そこへ、駿介は割って入る。

 全く、躊躇がなかった。

「え?」

「どうしましたか?」

 突然話しかけられた二人は、戸惑った様子を見せたが、駿介のただならぬ気配を察したのか、居ずまいを正す。

 さらに数度、言葉を交わし、お孫さんが「なんでしょうか?」と駿介へ問いかける。

 すると、彼は一歩下がり、大きく息を吸い込んで、



「この度は、本当に申し訳ございませんでした!!」



 深々と、頭を下げた。

 ただでさえ声の大きい駿介が、限界まで声を振り絞った。

 フロアどころか玄関まで声が届き、御利用者、職員、他、集まっていた全ての者が目を向けた。


「……っ!」


 駿介は、それ以上なにも言わなかった。

 上司や先輩、地域の方々や警察までもが視線を送る中、駿介は頭を下げ続けた。


 言い訳しようと思えば、いくらでもできただろう。

 滝野さんがいなくなった時、駿介は、気が緩んでいたわけでも、やらなくて良いことをしていたわけでもない。他の御利用者の対応をしていたのだ。

 言い訳できる余地はある。

 それも、入社三ヶ月の新人だ。お世辞にも、一人前とは言えないだろう。

 他の職員もいたのだ。

 コミュニケーションの悪さで駿介が原因となっているが……例えば、川瀬主任が料理をしながらでも、フロアに気を配っていれば変わっていたかもしれないし、冴香が、排泄介助をもっと早く終わらせて、フロアに戻っていれば、違っていたかもしれない――。


 ○○ならば――。

 ××だったら――。

 自分はまだ○○だから――。

 自分は××をしていたから――。


 そんな風に考えれば、いくらでも言い訳はできたはずだった。

 けれど駿介は、そんな言葉を口にしなかった。

 謝罪の言葉を口にし、ただただ頭を下げ続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ