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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第六章:滝野さんⅡ
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滝野さんⅡー1

 認知症には、『見当識けんとうしき障害』という症状がある。

 認知症を持つ方が行方不明になるのは、『見当識障害』が影響している。

 簡単に言えば、時間や場所が分からなくなる症状で、自分がどこにいるのか、今が何時頃なのかが理解できなくなるのだ。


 介護施設や病院などで、所謂いわゆる『帰宅願望』への警戒度が非常に高いのはそのためだ。

 

 本人が『家に帰りたい』と言っているからといって、帰れるとは限らない。下手をすれば、人里離れた、山や森に突き進んでいく可能性すらあるのだ。

 施設の外へ出るということは、生命の危機に直結する。

 


 土砂降りの雨が降っているとなれば、なおさらである。



「状況は!?」

 浩司は全速力で階段を駆け下り、フロアに急行する。

 フロア左奥のキッチンには、和田管理者や大原を含め、入浴担当の職員や、訪問業務で外へ出ていた職員もそろっていた。


 ――駿介と……硯さん、か。


 職員の顔色を窺うと、明らかに様子が違う人間が二人いた。

 駿介は見るからに、挙動不審だった。

 落ち着きなく窓の外へ視線を向けたり、頭を引っ掻いたりと、すぐにでも探しに行きたいと行動だけで示していた。

 冴香は――。


 顔が青ざめていた。


 いつも場の空気を和ませ、明るく振る舞う彼女が、はっきりと分かるほど憔悴しきっていた。

 この二人がミスをしたであろうことは、容易に想像できた。

「硯さん、状況は?」

 冴香に状況説明を求める。

 浩司は休憩前、冴香にフロアの管理を任せた。

 なにをしてしまったのかは分からないが、落ち込んでいるだけでは何も変わらない。酷かもしれないが、状況説明だけはきちんとしてもらわないと困る。

「彩峰さん……」

「なにがあった?」

「えと、すみません。私が……」

 歯切れが悪い。

 気持ちは、痛いほど分かる。

 滝野さんがいなくなった――つまり、事業所外へ出て行ってしまったのだろう。

 大雨が降っていることを考慮すれば、事故に巻き込まれる可能性や、転倒のリスクも跳ね上がる。

 とんでもないことをしてしまったと反省しているのだろう。

 それは分かるが、今は――



「注目!!」



 パン、と和田管理者が手を叩く。

 職員全員の視線が一瞬で集められた。


「反省も後悔も、あとにしなさい。いいわね」


 ピシャリと、和田管理者は言った。

 有無を言わさぬ口調だった。

「他の職員も、責任追及はやめること。誰がフロアを見ていたとか、誰が滝野さんの行動を見逃したとか、そんなことは考えないでください。どうでもいいことです」

 和田管理者は、職員へ鋭い視線を送る。

 今、すべきことを職員に意識づけていく。

「滝野さんの捜索は、わたしが指揮を執ります。川瀬主任は事業所に残って、他の御利用者への対応をしつつ、職員との連絡役を担ってください。これ以上事故が起きないよう、細心の注意を払ってください」

「分かりました」

「大原さんは、滝野さんのご家族に連絡してください。すぐに見つからなければ、警察への連絡も必要になると思います。その点もお伝えしてください」

「はい」

「他の現場職員は――」

 次々と指示が飛ばされる。

 一人一人の目を見て、言い聞かせるように和田管理者は言葉を紡いでいった。

 この状況下においても、和田管理者はぶれなかった。


 ――凄い……!


 人の命がかかっている場面で、正確に状況を把握し、冷静な判断を下す力は、育てようと思って育てられる力ではない。

 常日頃から、『もしかして』と備えているのだろう。

 和田管理者が、管理者たる所以だった。


「――以上! 全員、行動開始!」


 そうして、和田管理者が指示を出し終える頃には、全員の意識は統一されていた。



『滝野さんを探し出す』。



 浩司は、事業所から駆け出した。

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