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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第五章:ドアを開ける男
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ドアを開ける男ー9

 駿介は感情そのまま、言い返した。

「コージさんは、西坂さんに対して支援したいという気持ちはないのですか? リスクばかりを優先していては、何もできないと思いますよ」

 言われた浩司も、眉間にしわが寄る。

 一歩前へ踏み出し、駿介と睨み合う。

「リスクがあるなら避けるべきだろ。誰かが怪我してから、『やっぱりこうしていれば良かった』じゃあ遅いんだよ。支援したい気持ちがあっても、現実的に、可能か不可能かを考えろって話をしてるんだ」

 分からないのか? と問われるが、分からないから言い返しているのだ。

 睨まれても凄まれても、言い分に納得できない。

 引き下がる必要性を感じない。

 駿介も一歩前進する。

「リスクがあるなら、それを避ける方法を考えれば良いと思います。それをしないうちから、対応できないと決めてしまうのは違うんじゃないですか?」

「じゃあ、そのリスクを回避する方法を教えてくれよ。職員が一人、殴り飛ばされてるんだぞ。『対応する』って言うのは簡単だけど、限界があるだろ」

「だから、そのリスク回避の方法を話し合いませんか、と言ってるんですよ! 現状、何も対応してな――」



「そこまで!!」



 声の大きな駿介よりも、さらに大きな声が割って入った。

 鼓膜を通して体の芯まで響くような、強大な音量だった。


「二人の言い分は分かりました」


 和田管理者だった。

 どっしりとした体を二人の間にねじ込み、強制的に距離を取らせる。

「彩峰さんは、硯さんが殴り飛ばされたことから、今後のリスク管理を考え、西坂さんの対応は難しいと判断、対する護人さんは、西坂さんへの対応に、まだやれることがあるのではないかと提案している。そういうことでいいですか?」

 和田管理者は、対立理由を明確にする。

 浩司と駿介、それぞれに顔を向け、確認を取った。

「はい」

「そうです」

 二人が頷くと、和田管理者は裁定を下す。


「今回の西坂さんですが、リスクの方が大きいと判断します。大原さん、すぐにご家族へ連絡を取ってください」


 和田管理者は、浩司の意見を採用した。

 揺らぐことなく、言葉を吐き出していく。


「西坂さんが暴力を振るったという事実や、それまでの声かけ、対応にも、明らかなミスは認められません。職員はもちろん、他の御利用者へ、危害が加えられる可能性も否定できないため、やむを得ない措置として、他施設への移動をお願いすることとします」


 駿介は奥歯を噛みしめ、うな垂れる。

 事業所のトップが、浩司の意見を支持したのだ。

 ここで駿介が声をあげても、もう変わらないだろう。

 勝ち負けの問題ではなかったが、駿介は『浩司に負けた』と感じた。

 結局、リスクとか責任とか、そればかりが優先されるのか――


「ただし!」


「……?」

 駿介は下がった視線を、再度持ち上げる。


「ただし! 移動の手続きを取ったとしても、今、この瞬間に移動が決まるわけではありません。リスクがあっても、ふれあい西家で対応する必要があります。……どのように対応するべきか、きちんと話し合いを行いましょう」


 視線の先で、浩司が苦い表情を作るのが見えた。

 同時に、和田管理者がこちらを向いて微笑む。

 和田管理者は、『管理者として』裁定を下しつつ、駿介の意見を否定しなかった。

「川瀬主任、対応については一任します。決まり次第、報告してください」

「分かりました」

 川瀬主任が了解すると、和田管理者は二階へと姿を消す。

 自分のやるべきことは終えた、と背中で語っていた。

 次いで、大原も「あとのことは現場にお任せします」と事務室へ引き上げていく。


「よし。じゃあ改めて、西坂さんへの対応を話し合おう」


 そして間髪入れず、川瀬主任が言葉を発する。

 浩司はなおも、なにか言いたげにしていたが、川瀬主任が鋭い視線を向けると、ようやく諦めたようだった。


 ――えーっと?


 上役職員に仕切られ、駿介は言葉を発するタイミングを失った。

「……」

 浩司とも視線が交錯するが、毒気を抜かれてしまった。

 先ほどまでの、苛々した気持ちも薄れた。

 とりあえず。



 ――言い争いをするんじゃなくて、きちんと話し合おう。



 そう思ったのだった。


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