ドアを開ける男ー8
◆◇◆
駿介は、怒りを堪えていた。
カンファレンスを行うことに異議はない。
冴香を殴り飛ばしたことを鑑みれば、他の御利用者への影響も大きいだろう。緊急を要する事例であることは明らかだ。
御利用者の日常を支える職員として、どのように接していくべきか、全員で共有する必要があった。
だからこそ。
――論点がずれてないか?
駿介は、話し合われている内容に疑問を感じていた。
浩司や冴香は、カンファレンスが開始されて以降、『西坂さんを他施設へ追い出すコト』を重視しているように感じる。
大原や他の職員もそれを受けいれているように思う。
――その前に、話すべきことがあるだろうに……。
駿介はそう思っていた。
先日、川瀬主任から『ありがとうを引き出すこと』が介護士の目標ではないか、と言われた。
それを受け、駿介はこう捉えていた。
『常に御利用者の味方であれ』。
冴香が殴り飛ばされたことから、女性職員に対応が難しいという意見は分かる。
ならば、男性職員が傍にいれば良いではないか。
川瀬主任と浩司と駿介。
三人いるのだ。
何故、早急に対応できないと結論付けるのか。
そもそも西坂さんにとっての最良が不明瞭だ。
西坂さんは若い頃、警備の仕事に就いており、ドアを開ける行為はその癖が残っているのではないか? との話は駿介も聞いている。
ならば、執拗に「開けないでください」と声をかけるのではなく、もっと別の声のかけ方があるのではないだろうか。
対応できないと結論付ける前に、介護士としてできることが残っている。
対応が難しいからと、別の施設へ追い出すようなことをしていたら、この先、もっと難しい人が来た時、その人たちも全員、受け入れを拒否するのだろうか。
本当にそれで良いのだろうか……?
だから、駿介は発言した。
「西坂さんって、本当に対応できないのでしょうか?」
駿介の一言で、場の空気が変わる。
まとまりかけていた話を蒸し返したのだ。
ヒリヒリとした視線を感じる。
覚悟の上だ。
「西坂さんの対応が『難しいこと』は理解しています。でも、西坂さんにとっては、ドアを開けて回ることは仕事の延長線上で、なにもおかしなことではないんですよね。だったら――」
「だったら、どうするんだ?」
強い語気で反論してくるのは、指導担当の浩司だ。
また面倒なことを言い出した、とでも思われているのだろう。
「駿介も聞いていたと思うけど、さっきも『見回りはしましたよ』ときちんと声はかけていたし、トイレのドアであることも、女性が中にいることも説明していたよな。それ以上、どうやって説明すれば納得してもらえると思う?」
「ですから、その点をもっと話し合って、対応してからでも遅くはないのではないですか? と言いたいのですが――」
「そうやっている間に、誰かがまた殴られたらどうするんだ? 次は職員ではなく、御利用者が殴られるかもしれないんだぞ?」
「それは……」
歯噛みする。
――いつもいつも、この人はっ!
浩司は、事ある度に、『○○だったらどうするんだ』、『○○が起こったらどう責任を取るんだ』と口を出してくる。
リスクがどうとか、責任がどうとか、それを理由に御利用者の『最善』を無視している。
滝野さんが転倒した件に関しては、駿介にも非はあったし、木澤さんの入浴拒否に関しても、川瀬主任の説明で納得してはいる。
してはいるけれど、
全て、『川瀬主任の説明で』だ。
毎回、浩司はそれらしいことを口にしているが、浩司本人にどれほどの能力があるというのか。
ついさっきだって、御利用者に対して怒鳴り散らしていた。
どんなことがあろうと、介護士が御利用者と同じ土俵に立って、喧嘩をするなど、あって良いことではない。




