ドアを開ける男ー4
「西坂さん! 謝ってください!」
浩司は激昂する。
認知症を持つ御利用者に対して怒ることなど、愚の骨頂だ。
ただでさえ、感情のコントロールが効かなくなっている人間に対して怒鳴り散らしたらどうなるか。
考えるまでもないことだ。
――知るか。殴る方が悪いだろ!
分かった上で、浩司は忘れ去った。
親しい後輩を殴り飛ばされて黙っていられるほど、浩司は『介護』に全てをささげていない。
「謝ってください!!」
無言を貫く西坂さんに、再度、詰め寄る。
先ほどとは真逆だ。
浩司の方から顔を近づけ、睨みつける。
「……」
西坂さんは目線を横へ逃がし、浩司から顔を逸らす。
今更になって、罰が悪くなったような、そんな態度だった。
もはやドアへの関心もないらしく、口をへの字に曲げたまま黙り込む。
「人を殴っておいて、無視ですか?」
「……」
「西坂さん!」
さらに大きな声を出すと、ようやく西坂さんは口を開く。
「……知らん」
「は?」
「知らん!」
西坂さんは吐き捨てるように言うと、体を反転させる。
浩司に背を向け、そのままフロアの方へと歩いて行こうとする。
浩司は肩を掴み、呼び止める。
居心地が悪くなったから逃げ出したようにしか見えなかった。
「西坂さん、まだ話は終わってませんよ!」
「知らん! お前たちが悪いんだろ!」
「あなたが手を出して来たんでしょ!?」
「邪魔するからだろ! 俺は悪くない!!」
浩司の手を振り切るように、西坂さんは肩を揺らす。
――この、ジジイっ!
残っていた理性が吹き飛ぶ。
悪かったと謝ってくれるどころか、自分を正当化して逃げようとしている。
認知症だから――。
判断能力がないから――。
感情のコントロールができなくなっているから――。
分かっていても、怒りが収まらない。
「この――っ!」
「彩峰さん!! 私は大丈夫ですから!」
と、強く肩を引っ張られた。
気付けば、すぐ隣に冴香の姿がある。
「これ以上は、ダメですよ」
いつになく真剣な表情で冴香は言う。
つかまれた肩に、指が食い込んでくる。
精一杯の力が込められていた。
「……」
浩司は、無言で西坂さんの肩を解放する。
「ふん」
西坂さんはこちらを一瞥し、鼻を鳴らして立ち去っていく。
「……」
暫し、沈黙の時間を経て。
「……悪い」
浩司は、奥歯を噛みしめながら、それだけの言葉を口にした。




