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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第一章:滝野さん
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滝野さんー3

「えっと……」


 しかし、これまでハキハキと答えてきた駿介が、初めて詰まった。

 目線を宙へ向け、応える言葉を悩んでいるようだった。


 ――分かるけど。減点、だな。


 認知症を持つ人に対して、はっきりしない態度を取ることは、大きなマイナスとなる。

 事実、返答に詰まる駿介を見て、滝野さんの表情が変わる。

 滝野さんにしてみれば、旦那がどこにいるのか尋ねただけだ。

 分からないなら分からないでいい。知っているなら居場所を教えてくれれば良いだけだ。

 だというのに、目の前にいる男は返答に詰まり、目線を外した。


 これでは、『知っているのに、なにか理由があって隠している』ように見える。


 このあと、どんな言葉を紡いでも不信感が残ってしまう。

「あの……?」

 滝野さんは眉をひそめ、駿介に回答を促す。

 一方の駿介はというと、早く答えなければならないのは理解しているらしく、なにか答えなければと焦っているようだった。

 右手を首の後ろにやり、首を捻った。


 ――さらに減点だ。


 駿介には悪いが、厳しく採点させてもらう。

 駿介のように体が大きく、頼りになりそうな男性職員がおどおどしていては、滝野さんだけでなく、その様子を見ている周囲の御利用者にとってもよろしくない。「なにかあったのか?」と注目が集まってしまう。

 認知症の人はただでさえ、できていたことができなくなり、不安を抱えながら生活しているのだ。支える側の人間がそんな態度では、お手伝いをするどころか、不安を増長させるだけだ。

「滝野さ――」

 ちょっとマズイかな、と浩司は腰を浮かせかける。が、その瞬間、浩司よりもひと際大きな声で、駿介が口を開いた。



「滝野さん、旦那さんは亡くなりましたよ!」



「……」

「……」

 時が、止まった。

 滝野さんはポカンとした表情で静止し、浩司は腰を浮かせた姿勢のまま、硬直した。

 当の駿介も、良い解答ではないと悟っているようで、引きつった笑顔を浮かべたまま、停止した。


「は?」


 真っ先に反応したのは滝野さんだ。

「あなた、ふざけているんですか?」

 眉間にしわが寄る。

 滝野さんは、小柄だが痩せているわけではない。睨まれ、体を寄せられると圧迫感がある。

 駿介に対し、明らかな敵意を向けていた。

「あなたね、冗談でもそんなこと言って良いと思ってるの? 人の旦那が死んだなんて、よくそんなこと言えるわね」

 滝野さんは荒々しい口調でまくしたてる。

 駿介は「そんなつもりでは」と手を左右に振り、なんとか弁解の機会を伺うが、滝野さんの圧力はそれ以上だ。

「そんなつもりじゃないって、じゃあどういうつもりなんですか? 人の旦那が死んだなんて、そんなこと、どんなつもりで言ったんですか? 聞かせてください」

「あ、いえ、その……」

 結局、しどろもどろになり返答に窮する。

 駿介は前のめりになる滝野さんに圧されて、後ろに手をついた。

「限界か」

 もともと、割って入るつもりだったのだ。

 浩司は今度こそ、腰をあげた。

「護人さん、チェンジ」

 駿介の背後へ回り、ポンポンと肩を叩く。

 興奮している御利用者の相手は、さすがに荷が重いだろう。

「……すみません」

 肩を落とす駿介と場所を入れ替わり、浩司が対応する。

「なんですか、あなたは」

 鋭い視線を向けられる。

 眉毛が吊り上がり、口はへの字に曲がっている。

 誰がどう見ても、怒り心頭、という表情である。

「どうされましたか?」

 浩司は動じない。

 駿介と同じく、床に膝を付き、視線を合わせる。

 睨みつけられ、体を寄せられても、一歩も引かなかった。

 この程度のこと、日常茶飯事だ。

 怒られたくらいでひるんでいては、介護士は務まらない。

「その男がね、失礼なことを言うんですよ!」

「そうでしたか、申し訳ございません」

 素直に頭を下げる。

 嘘っぽくならないよう、ゆっくりと、自然に。

 滝野さんは止まらない。

 唾が飛んできそうな勢いで、浩司の頭に言葉を浴びせる。

「あなたたち、どういう神経をしているの? 平気な顔して、失礼なことを言って。私がなにをしたっていうんですか! こんなことを言うのも失礼かもしれませんがね」

 一息ついて。



「あなたたち、頭がおかしいんじゃないの?」



 滝野さんは躊躇せず、怒りに任せてそんな言葉を口にした。

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