ドアを開ける男ー1
ドアを開ける男――。
一言で表現するなら、そんな人物である。
西坂源一、八十一歳。
一週間ほど前、新規契約の御利用者として、ふれあい西家にやってきた男性だ。
鋭い眼光に一目の瞼、引き締まった口元。お年寄りとは思えない太い二の腕や、引き締まった太ももに目を引かれる。
一見しただけで『強い』と思わせるその体躯は、現役で働いている若い職員ですら、威圧感を覚えてしまう。
「西坂さん! そこは別の方のお部屋です!」
ガラガラ、ピシャリ。
数秒後。
「ですから、そこは違う方のお部屋ですよ! 開けないでください!」
ガラガラガラ、ピシャリ。
数秒後。
「そこも違います! お願いですから――」
この繰り返しである。
「コージさん、あれ、どうするんですか?」
「俺が聞きたいよ……」
必死に声をかけ続ける冴香を見ながら、浩司は嘆息する。
ドアを開ける男こと西坂源一さんは、来所したその日から、無限にドアを開け続けている。
六月上旬。
むしむしとした天気が続く中、ふれあい西家にはどんよりとした空気が漂っていた。フラストレーションという名の空気があるとするなら、こういう感じだろう。
原因は、言うまでもなく西坂さんだ。
ケアマネージャーである大原から聞いていた情報では、『あちこち歩き回る様子がある』ということだけだった。
自宅から抜け出し、所謂『徘徊』状態となり、警察のお世話になったことも一度や二度ではないそうだ。
職員は皆、事業所の外へ出てしまう『離園』への対策を考えていた。
また、西坂さんは、誰が相手であろうと手が出やすいとの情報もあり、契約時、和田管理者や大原が慎重になっていたのも頷ける話だった。
しかし、実際に会ってみたら、そんなことは些細な問題に過ぎなかった。
この男、とにかく、ドアを開けて回るのだ。
他人が泊っている部屋であろうと、トイレであろうと、お風呂場であろうと、ひたすらドアを開け続ける。女性がお風呂に入っていようと用を足していようと、全くお構いなしなのだ。
認知症でなかったら、完全に犯罪行為だ。
「コージさん、これまで、こういう人っていたんですか?」
「いないよ。間違えて別の部屋に入る人はいるけど、それは場所が分からなくなっているだけで、意図的に入っているわけじゃない。西坂さんみたいに、ドアを開けて回る人なんて初めてだよ」
「……なんか、女性陣が全員ピリピリしてますよね」
「お前が思っている以上にな」
フロア内を見渡すと、御利用者の視線は西坂さんに集中していた。
冴香が必死に止めようとしているから黙っているのだろうが、そうでなかったら、すぐさま罵声が飛びそうな雰囲気だった。
「誰かがずっと付きそってる……というわけにもいかないですよね」
「まあな。けど、現実問題、それしか解決方法がない」
駿介と二人、ひそひそと言葉を交わす。
ドアを開けて回る行為の一番難しい点は、強引に止められるものではないというところだ。
例えば、滝野さんのように、ドアを破壊しようとするとか、そういったことであれば、力づくで止めても構わない。
ところが、ただ『ドアを開けるだけ』となると、その動きを制限することは『身体拘束』にあたる可能性が高い。
ガラスが割れるわけでもなければ、転倒などの危険もない。単にドアを開けるだけでは、動きを制限する理由としては弱いのだ。




