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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第四章:介護という仕事
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介護という仕事ー10

「……」

 ふと、視線をあげると、犬みたいな丸っこい目が見える。

「硯さんは、上手いよな」

「……?」

「上司とのやり取りとか、上手いよなーって」

「あー、そうですか?」

「そうだよ」

「褒めても何もでませんよ?」

 冴香はクスリと笑ってみせる。

 嫌味な感じはなかった。

 褒められて嬉しいことを表現しつつ、親近感が沸くような回答だった。

 こういうところが、上手い。

 浩司だったら、先輩に褒められても、『そんなことないですよ』とか『まだまだですよ』という回答をしてしまうだろう。

「そう言えば、硯さんってあまり怒られないよな」

「彩峰さんにはよく怒られている気がしますけど?」

「それは、お前が悪ふざけをするからだろ。そういう話じゃない」

 言いつつ。

 冴香と過ごした日々を思い出してみるが、本当に、思い当たる節がなかった。

 冴香も、ミスはしている。

 注意した記憶もある。

 なのに、本気で苛々した記憶がない。

「なんでだろうな?」

 本人に尋ねてみると、


「さあ? どうしてでしょうね。私、ごちゃごちゃ考えるの苦手なので」


 あっけらかんと、そんなことを言う。

「彩峰さんや護人さんは、考え過ぎなんじゃないですか? もう少し肩の力を抜きましょうよ」

「……なんか、前にも同じこと言われた気がするな」

「そうでしたっけ?」

「そうだよ」

 冴香はまた、クスリと笑う。


 ――考え過ぎ、か。


 そうかもしれない。

 前回ここへ来た時は、真面目だと言われた。

 今回は、考え過ぎだという。

 きっと、言葉が違うだけで同じことを言われているのだろう。

 和田管理者は『正解を追い求める姿勢』と表現していたが、要は、頭でいろいろ考え過ぎなのだ。

 浩司は、なにかが起こった時、


 何故、起こってしまったのか?

 防ぐためにはどうすれば良かったのか?

 普段の行いはどうだったか?

 他の御利用者や職員との連携はどうだったか?

 別の理由は考えられないか?

 その場合は――


 と、様々な可能性を考え、情報を精査する。

 それも長所の一つだ。悪いことでは決してないのだろうが、その点、冴香は切り替えが早い。

 彼女は、先輩や上司に指導されたことはそのまま受け入れている。もしくは、疑問点があるならその場ではっきりと口にし、きちんと解決している。

 中途半端に空気を読んで、自分の意見を言わなかったり、先輩の言うことに対して反抗心をむき出しにしたりしない。

 自身が未熟であることを素直に受け入れ、その上で、問題点に向き合っている。

 浩司や駿介とは明らかに違う、誠実な姿勢を持っている。

「護人さんに関しては、もう少し様子を見るしかないでしょうね」

「……そうだな」

 カチャカチャとカップの中身をスプーンでかき混ぜる。


 ――一応は、謝ってきたことだしな。


 川瀬主任が駿介にどんな話をしたのかは聞いていないが、もし、本当に反省しているのなら、今後の態度で分かるはずだ。


 彼は、何事にも一生懸命で、それでいて不器用、かつ、ごちゃごちゃと頭で考えるタイプだ。……ということは、態度に出るはず。


 今ここで、こちらが悩んでも仕方ない。

 それこそ、考え過ぎる必要はないだろう。

「それより、明日から来るっていう新規の人の方が大変そうじゃないですか?」

 冴香は声のトーンをあげて、話題を切り替える。

 それに乗ることとする。

「体は元気で、認知症が進んでるって人だよな」

「正直、一番大変なタイプですよね……」

 明日、ふれあい西家に新しい御利用者が来ることになっている。

 ゴールデンウイーク中から利用を検討していた、新規契約の御利用者だ。

 大原からの情報によると、その御利用者は男性で、認知症がかなり進行しているとのこと。身体的な介助ではなく、認知症のケアが主体となるらしい。

「家族も相当、手を焼いているって話しですよね」

「そうみたいだな。会ってみないことにはどんな人か分からないけど……」

 冴香は既に、げんなりとした表情だった。

 浩司も内心、同じ気持ちだった。

 ゴールデンウイーク中から利用検討をしていながら、何故、ここまで契約がずれ込んだのか。

 それは、『集団生活ができるのか?』。

 この一点に絞られる。

 小規模事業所は、人数こそ特養や老健と言った他施設より少ないが、集団生活の場であることに違いはない。

 他の御利用者に迷惑となる行為を頻繁に繰り返すなど、対応が難しい場合は、契約拒否となる場合もある。

 逆に言えば、契約したということは、『対応可能』と判断されたこということだ。

「ま、和田さんと大原さんが問題ないと言っているからには、大丈夫なんでしょうけど」

「会う前から心配してもしょうがないしな」

 契約には、大原だけでなく、和田管理者の許可も必要となる。

 ケアマネージャーだけでなく、現場での介護経験が長い和田管理者がオーケーしたということは、それほど心配いらないということだ。

 情報だけを聞いて、不安だ、心配だと嘆いていても何も始まらない。

 身構えるだけは身構えて、あとはどうにかなると思うしかない。

 ご家族だけでは対応できないから介護施設を利用されるわけで、大変でない御利用者などほとんどいない。

 新規契約の御利用者とは、毎度、ひと悶着あるものだ。


「じゃあ、そろそろ」


 冴香がカップを置く。

 中身が空になっていた。

「ああ」

 応じて、浩司は立ち上がる。

 カップには、茶色い液体が残ったままだ。

「飲まないんですか?」

「は? お前が言うか?」

「冗談ですよ」

 二人は笑いながら、カフェを後にする。



 外に出ると、雲の隙間から日が差し込んでいた。

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