介護という仕事ー9
◆◇◆
釈然としなかった。
目の前に置かれたマグカップを睨みつける。
薄茶色の、見るからに甘そうな物体が入っている。
「お前な……」
「……?」
可愛らしく小首を傾げる姿が、余計に腹立たしい。
猫みたいな口をして「なにか問題でも?」と顔だけで語ってくる。
「最近、先輩に対する敬意ってやつがないんじゃないか?」
浩司は言いつつ、座席に腰を下ろす。
「そんなことないですよ」
向かい合う彼女――硯冴香は、クスクスと笑いながらそんな言葉を吐き出す。
事業所から車で十分。
いつものカフェである。
今日は、窓際の席だった。
「飲み物を頼んでおいてくれって言ったのは彩峰さんですよ?」
「それはそうだが……嫌がらせか?」
「いえいえ、疲れているだろうなー、と思いまして」
「……この前も、同じようなことを言ってなかったか?」
「この前は間違えただけですよ」
「今回は?」
「気遣いです」
冴香はどうぞ飲んでくださいとジェスチャーする。
疲れた時には甘いものが良い、というのは、誰もが知っている通説だが、それは通説であって、誰にでも当てはまるものではない。
浩司にとっては、単なる嫌がらせだ。
「……」
これ以上のやり取りは不毛だと割り切り、薄茶色の飲み物に口をつける。
想像通りの甘さだった。
カフェラテだろうか。
「はあ……」
ため息を一つ。
ガラス越しに外を眺めると、見事な田園風景が広がっていた。
天気が良ければさぞかし綺麗に見えるのだろうが、残念ながら、今日は曇り空である。
朝からずっと、ぶ厚い雲が広がり、一向に晴れる気配がなかった。
「それで、どうなりましたか?」
冴香へと視線を戻すと、彼女は真剣な顔つきになっていた。
仕事をしている時の表情だ。
どう、というのは、今日の転倒事故のことだろう。
「駿介には、一応、謝られたよ」
「それだけですか? 事故報告書はどうなりましたか?」
「今、主任と一緒に書いているんじゃないかな?」
「そうですか……」
「ああ」
二人そろって、複雑な表情になる。
駿介が川瀬主任に連れて行かれたのとほぼ同時刻、
浩司は、和田管理者に呼び出されていた。
緊急カンファレンス中、皆が硬い表情でいる中、和田管理者だけは終始、笑顔を保っていた。
その態度は気になっていたが、まさか呼び出されるとは思わなかった。
川瀬主任に「お前はなにをしていたんだ?」と問われたように、ひょっとしたら怒られるのかも……と身構えた。
が、実際は、そうではなかった。
『昔話』をされた。
和田管理者曰く。
今の駿介と、就職当時の浩司はよく似ているらしい。
「正しさを追い求める姿勢は、学卒の子に多いのよね」
とのことだった。
正直、ピンと来なかった。
過去、自分がどうだったのかなんて、なかなか客観的にみられるものではない。
管理者として、職員の動向にも気を払っている和田管理者が言うのだ。間違ってはいないのだろうが――今日の駿介ほどではなかったと思う。
浩司も細かなミスから転倒事故を招いたことはあるが、駿介のように、責任を押し付けるようなことをしていない。
先輩に指導されている状況下で、自分の方が正しいと言い張る度胸もなかった。




