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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第四章:介護という仕事
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介護という仕事ー7

     ◆



「え……?」

 頭が真っ白になった。

 川瀬主任は、標的を自分に定めていた。

 浩司のことを悪く言い過ぎただろうか。

 それとも、間違っていないと言ったのは上辺だけで、本当は一ミリも共感してもらえていなかったのだろうか。


 急激に、口の中が乾き始めた。


 自分に責任があることは理解していたが、川瀬主任なら庇ってくれると思い込んでいた。

「護人君、君は、介護という仕事をどんなものだと思っている?」

「……」

「なんでもいいよ。御利用者を助ける仕事かな? それとも、介護生活に苦しんでいるご家族を助ける仕事かな?」

 表情だけを見れば、川瀬主任は普段と変わらなかった。

 悠然とした笑みを浮かべ、安心感のある丁寧な口調で話している。

 だが、迫力が違う。

 入った時は広く感じた応接室が、狭く、小さくなったような気がした。

 駿介はごくりと唾を飲み、質問に答える。


「御利用者を助ける仕事だと思います。ご家族を助ける、という側面もあるとは思いますが、第一に優先すべきは御利用者です。そうでなければ、『御利用者本位』の姿勢が崩れてしまいます」


 言い終えて、乾燥した唇を舐める。

 これに関しては、福祉の専門学校で習ってきた内容も多分に含まれている。

 つい先日まで、最新の教育を受けてきた身だ。

 まさか間違っているとも思えないが……。

「そうか。なるほどな」

「なにか、間違っていますか?」

 びくびくしながら聞き返す。

 相変わらず、川瀬主任の表情はピクリとも動かない。

 うんうんと頷き、同意の姿勢は保っているが、その一切にブレがない。

 これまで信じてきた川瀬主任の笑顔が、急に、不気味なものに見えてきた。

「御利用者本位か」

「……」

「そうだな。正しいよ」

 川瀬主任はケロリとした口調で言う。


「正しいけど――それは、『全ての場合において』当てはまることだと思うか?」


 川瀬主任は薄汚れた天井を見上げる。

「護人君は介護士にとって、『ゴール』ってなんだと思う?」

「ゴール、ですか?」

「そう。例えば、学校の先生で言えば、教え子の『卒業』がゴールだろうな。じゃあ我々の場合は? 御利用者の『死』がゴールか?」

「それは……」

 即答できなかった。

 学校の先生と同じように、『一区切り』という意味ならば、御利用者の『死』になるのだろうが、そうではない気がした。

 介護士の専門は『生活支援』だ。

 心身が不自由になった高齢者を支え、少しでも快適に過ごしていただくことが第一目標だ。

 その中には、『なるべく長く生きていただく』コトも含まれる。

 だとすれば、『死』がゴールというのはおかしな話だ。

「考えたこともなかったか?」

「え? いや……はい」

 曖昧に頷く。

 学校で『看取り対応』に関する勉強もしてきた。

 残り僅かな時間をどのように過ごしていただくのか、どんな最後を迎えていただくのか。

 そういった内容の勉強もしてきた。


 しかしそれは、御利用者のゴールであって、介護士側のゴールではない。


 御利用者が亡くなったからと言って、介護士の記憶からその人が消えるわけではない。『一区切り』かもしれないが『ゴール』とは呼ばないだろう。

 介護士にとっての『ゴール』とは一体なんなのだろうか。

「これは、俺の考えだけどな」

「はい」

 川瀬主任は、駿介へと視線を戻す。

 その顔はやはり、いつもと変わらぬ笑顔だった。


「俺は、『ありがとう』がゴールだと思っている」

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