介護という仕事ー7
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「え……?」
頭が真っ白になった。
川瀬主任は、標的を自分に定めていた。
浩司のことを悪く言い過ぎただろうか。
それとも、間違っていないと言ったのは上辺だけで、本当は一ミリも共感してもらえていなかったのだろうか。
急激に、口の中が乾き始めた。
自分に責任があることは理解していたが、川瀬主任なら庇ってくれると思い込んでいた。
「護人君、君は、介護という仕事をどんなものだと思っている?」
「……」
「なんでもいいよ。御利用者を助ける仕事かな? それとも、介護生活に苦しんでいるご家族を助ける仕事かな?」
表情だけを見れば、川瀬主任は普段と変わらなかった。
悠然とした笑みを浮かべ、安心感のある丁寧な口調で話している。
だが、迫力が違う。
入った時は広く感じた応接室が、狭く、小さくなったような気がした。
駿介はごくりと唾を飲み、質問に答える。
「御利用者を助ける仕事だと思います。ご家族を助ける、という側面もあるとは思いますが、第一に優先すべきは御利用者です。そうでなければ、『御利用者本位』の姿勢が崩れてしまいます」
言い終えて、乾燥した唇を舐める。
これに関しては、福祉の専門学校で習ってきた内容も多分に含まれている。
つい先日まで、最新の教育を受けてきた身だ。
まさか間違っているとも思えないが……。
「そうか。なるほどな」
「なにか、間違っていますか?」
びくびくしながら聞き返す。
相変わらず、川瀬主任の表情はピクリとも動かない。
うんうんと頷き、同意の姿勢は保っているが、その一切にブレがない。
これまで信じてきた川瀬主任の笑顔が、急に、不気味なものに見えてきた。
「御利用者本位か」
「……」
「そうだな。正しいよ」
川瀬主任はケロリとした口調で言う。
「正しいけど――それは、『全ての場合において』当てはまることだと思うか?」
川瀬主任は薄汚れた天井を見上げる。
「護人君は介護士にとって、『ゴール』ってなんだと思う?」
「ゴール、ですか?」
「そう。例えば、学校の先生で言えば、教え子の『卒業』がゴールだろうな。じゃあ我々の場合は? 御利用者の『死』がゴールか?」
「それは……」
即答できなかった。
学校の先生と同じように、『一区切り』という意味ならば、御利用者の『死』になるのだろうが、そうではない気がした。
介護士の専門は『生活支援』だ。
心身が不自由になった高齢者を支え、少しでも快適に過ごしていただくことが第一目標だ。
その中には、『なるべく長く生きていただく』コトも含まれる。
だとすれば、『死』がゴールというのはおかしな話だ。
「考えたこともなかったか?」
「え? いや……はい」
曖昧に頷く。
学校で『看取り対応』に関する勉強もしてきた。
残り僅かな時間をどのように過ごしていただくのか、どんな最後を迎えていただくのか。
そういった内容の勉強もしてきた。
しかしそれは、御利用者のゴールであって、介護士側のゴールではない。
御利用者が亡くなったからと言って、介護士の記憶からその人が消えるわけではない。『一区切り』かもしれないが『ゴール』とは呼ばないだろう。
介護士にとっての『ゴール』とは一体なんなのだろうか。
「これは、俺の考えだけどな」
「はい」
川瀬主任は、駿介へと視線を戻す。
その顔はやはり、いつもと変わらぬ笑顔だった。
「俺は、『ありがとう』がゴールだと思っている」




