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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第四章:介護という仕事
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介護という仕事ー6

     ◆◇◆



 ここに来たのはいつ以来だろうか。

 就職時に和田管理者、川瀬主任と話し合った時以来かもしれない。

「……」

 赤茶色のソファに腰を下ろし、応接室を見回す。

 就職時となに一つ変わっていないはずなのに、なんとなく、広くなったように思えた。

「さてと」

 上座にいる川瀬主任は、太ももに肘をつき、前かがみの姿勢だ。

 駿介は背筋を伸ばす。

 川瀬主任と一対一で話せる場ができたことは、僥倖だと思っていた。


 指導担当である浩司が、あまりにも話を聞いてくれないのだ。


 浩司は、自分の意見が絶対に正しいと信じ、駿介を悪だと決めつけていた。

 あれでは、なにを説明しても受け入れてもらえない。

 その点、川瀬主任なら冷静に話を聞いてくれるだろう。

 木澤さんの入浴対応に関しても、川瀬主任だけは、駿介の意見をないがしろにせず、きちんと受け入れてくれていた。

 川瀬主任は浩司と違って、平等に意見を聞いてくれる人だと思えた。

 その証拠に、


「護人君、さっきのコージとのやり取りに関して、なにか言いたいことはあるかな?」


 川瀬主任はこう切り出した。

 やはり川瀬主任は、きちんと意見を聞いてくれる人なのだ。

 駿介は、思う存分、気持ちをぶつけさせてもらう。


「えっと、先ほどのやり取りに関して言えば、意見を受け入れてもらえなかったかなと思います。目の前で起こったことですので、ある程度、自分が責任を負わなければならないことは理解できます。でも、滝野さんが通るのに問題ないスペースは、確かにあったんです。……コージさんは、物干し竿を動かしていれば事故は起こらなかったと言いたいのでしょうけど、それは推測ですよね。物干し竿を動かしていたとしても、滝野さんが引っ掛かった可能性は否定できないはずです。間違っていますか?」


 駿介は一呼吸で、それだけのこと言った。

 モヤモヤしていた部分もあり、かなり早口になってしまったが、川瀬主任はしっかりと目を合わせ、真剣に聞いてくれた。

「なるほどな」

 駿介の言葉が止まるのを待って、川瀬主任は口を開く。

「護人君は、責任を感じる部分はあるものの、全て、自分のせいだとされると納得できない、ということでいいかな?」

「はい」

 かなりざっくりとしたまとめ方であったが、概ね、その通りだ。

 駿介ははっきりと頷く。

「もし、全責任を負わなければならないのなら、納得できる理由を説明していただきたいです。コージさんの言い分を聞いていると、実際にその場面を見てもいないのに、一方的に悪いと決めつけられているような感じで……」

「素直に納得できない、か?」

「はい」

 我ながら、ちょっと大人げないかな、とは思う。

 先輩の言うことに対してここまで反発しているのだ。

 浩司だけでなく、他の職員からも面倒くさいと思われているだろう。

 そんなことは分かっている。

 分かっているけれど。


 それでも、納得できなかった。


 浩司の言動は、『先輩だから』という理由で、自分の意見を押し付けているようにしか思えなかった。

 心の底から駿介が悪いと思っているのなら、誰が聞いても納得できるような、きちんとした根拠を示して欲しかった。


 ――川瀬主任なら、分かってくれるはず!


 駿介はそんな願いを込めて、川瀬主任の目を見つめる。

 果たして、川瀬主任が発した言葉は……。


「うん、護人君の意見は間違ってない。コージの指摘は、可能性の話に過ぎないよ。それに、さっきのコージの態度は、俺から見ても気持ちの良いものではなかったしな」


 駿介の意見を支持した。

「ではっ!」

 駿介は前のめりになる。

 川瀬主任から、お墨付きが出たのだ。

 こうなってしまえば、浩司がなんと言おうと関係ない。

 駿介が全責任を負う必要はないし、むしろ、強く問い詰めてきた浩司は、川瀬主任からお叱りの言葉を受けることになるだろう。

 スカッとした気分だ。

 これで――



「その上で、少し話しをしたいんだが、いいかな?」



「……へ?」

 前のめりになる駿介とは反対に、川瀬主任は深く腰を掛け直す。

 駿介より一回り大きな体が、ソファに沈み込んだ。

 眼鏡の奥でぎらつく瞳は、肉食獣を彷彿ほうふつとさせる。

「悪いけど」

 そう前置きをして。

 川瀬主任は、口角をあげた。


「俺は、護人君が全面的に正しい、とも言ってないよ」

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