介護という仕事ー5
「……」
「違いましたか?」
駿介はそこでようやく、ちらりと視線を向けて来る。
「……」
この態度が、癇に障る。
浩司の顔色をうかがい、なぞなぞの答え合わせでもしているかのような態度だった。
回答が合っているからこそ、余計に腹立たしかった。
――分かっているなら、それなりの態度を取れよ。
そう思わずにはいられなかった。
苛立つ気持ちを必死に抑えながら、浩司はさらに問いただす。
「もう一つ、聞かせて欲しい。……さっき駿介は、通路に十分なスペースがあったと言っていたよな? でも、滝野さんは転んでいるわけだ。それはいいな?」
「はい」
「じゃあ『十分なスペース』とは言えないと思うんだが、そこはどうなんだ?」
「それは……」
浩司の問いかけに対し、駿介は露骨に不満げな顔をする。
そんなことを言い出したらきりがないじゃないかと言いたげな顔だった。
浩司自身、誘導尋問に近い形になっていることは分かっている。
滝野さんが転びさえしなければ、問題にならなかったとも言える事例なのだ。
滝野さんの足腰がしっかりしていることは事実だ。自動ドアに向かって、靴を投げつけるようなスーパーおばあちゃんなのだ。そんなことは分かっている。
駿介の言葉通り、滝野さんが通るには十分なスペースがあったのだろう。
だから、問題はそこではないのだ。
事故が起こった後の、駿介の言動がおかしいと言っているのだ。
一言、「物干し竿を動かせば良かったですね。すみませんでした」と言えば済む話だというのに、『滝野さんの前方不注意だ』と、自分に責任がないかのように言うから、話がこじれる。
客観的に見て十分なスペースがあったとしても、滝野さんが転んでしまった以上、どう取り繕っても『十分なスペースはなかった』ことになる。
普段であれば問題はなかったとか、転ばなければとか、そういう『たられば』の話をしていても仕方がない。
実際に事故が起こっているのだから、それを受け入れて、反省しなければならないのだ。
何故、それが分からないのか。
「どうなんだ?」
「……」
浩司がさらに促しても、駿介はなかなか答えなかった。
余程、浩司の問いかけに納得がいかないのか。
また、口のなかでもごもごと喋り始め、はっきりとした言葉が出てこない。
『言いたいことはあるが、指導担当である先輩に怒られている状況であるため、仕方なく黙っている』。
そんな風に見える。
「……」
浩司は十秒ほど駿介の回答を待ったが、彼の口は動かなかった。
――これは、無理だ……。
助けを求めるように、周囲へと視線を巡らせる。
大原と冴香は、浩司と同じく厳しい顔つきで見守っていた。
川瀬主任も、腰に両手を当て、難しい表情だ。
「……ふふ」
唯一、和田管理者だけは柔らかい笑みを浮かべていたが、その真意は分からない。
「護人君」
次に言葉を発したのは、川瀬主任だった。
浩司では手に負えないと判断したのか、それとも、これでは埒が明かないと思ったのか。
「はい」
応える駿介も、浩司に対するものとは違った。
ハキハキとした口調で川瀬主任の声に応じていた。
――コイツ……っ。
先ほどまで、口の中でもごもごと喋っていたのが嘘のようだ。
川瀬主任なら、話が通じるとでも思っているのだろうか。
「護人君、ちょっといいかな」
「はい、なんでしょうか」
「少し、二人きりで話そうか」
浩司は密かに、拳を握りしめた。




