介護という仕事ー4
「護人君、どうしてそう思う?」
川瀬主任が、駿介の回答に突っ込みを入れる。
当然だ。
川瀬主任だって、納得していないだろう。
「護人君は、滝野さんがお辞儀をして歩いていたから転んでしまったと言ったよね? なんでそう思ったのか、根拠を教えてくれないかな?」
視線が、駿介へと集まる。
新人職員を皆で責めているような構図になってしまうが、同情の余地はない。
見当違いの回答をする方が悪い。
「えっと……」
駿介は答えに詰まった。
そんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、それとも単に考えていなかったのか。
居心地悪そうに、もごもごと口の中でなにごとかを呟く。
それからたっぷり数十秒、時間を空けて、なんとか言葉を絞り出す。
「滝野さんは、歩行になにも問題ない方ですし、転んだ時も、通路に十分なスペースがあった……と思います。きちんと前方を確認して歩行していれば、引っ掛かるようなことはなかったのかな、と思いまして……」
尻すぼみに声が小さくなり、最後の方は、蚊の鳴くような声だった。
すぐ隣に立つ浩司の目つきが、だんだん鋭くなっていくことに気が付いたのかもしれない。
駿介の意見をまとめると、こうなる。
物干し竿の脇には十分なスペースがあり、人一人が通るのに問題はなかった。歩行状態に問題がない滝野さんであれば、なおのこと、わざわざ物干し竿を動かす必要はない。
そのため、滝野さんが転倒した理由としては――
滝野さんがお辞儀をして歩行したため、前方不注意を招き、近くにあった物干し竿に足を引っかけ、転んでしまった。
と、こういうことだろうか。
――馬鹿じゃないのか……?
そろそろ、我慢の限界だった。
浩司は口を動かした。
「ちょっと、いいですか?」
発言の許可をもらうべく、手をあげる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
川瀬主任に発言許可をもらい、再度、駿介に目を向ける。
この場面で臆せず発言できるのは、こちらが正しいという絶対的な自信があるからだ。
駿介は、間違っている。
指導担当としてだけでなく、一人の介護職員としても、駿介の意見はおかしいと感じた。
思っていることを、吐き出させてもらう。
「駿介、まず一つ、質問させて欲しい」
「な、なんでしょうか」
「自分に、なにかミスがあったのではないかと、思わないのか?」
浩司は、一つ一つの言葉をはっきり発音し、冷静に問いかけた。
和田管理者や川瀬主任がいるのだ。
感情的に怒鳴ったりはできないし、先ほど川瀬主任は、浩司にも非難の目を向けていた。
ここで求められるのは、『厳しく叱る指導担当』ではないはずだ。
「駿介の話しを聞いていると、ずっと『滝野さんが』って言っていて、滝野さんの過失による事故だと思っているようだけど、駿介は、なにかミスをしたと思わないのか?」
「自分が、ですか?」
「そうだよ。なにかないの?」
冷静に、と思っていても、語気が荒くなってしまう。
『自分がですか?』などと聞き返してくること自体、こちらからすれば、理解不能だ。
浩司が普通だと思っていることが、駿介にとっては普通ではないのだ。
「…………」
「…………」
しかも、なかなか答えが出てこない。
本当に分かっていないのか、あるいは、『非を認めたくない』のか。
どちらにしろ、好ましいものではない。
「ええと、そうですね」
「なんだ?」
浩司は駿介と目を合わせるべく、きちんと駿介の方へ向き直るが、駿介は目を逸らし、あさっての方向を向く。
そのまま、どこか上の空といった調子で、彼は答えた。
「物干し竿を、脇に寄せていなかったことですか?」




