介護という仕事ー3
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和田管理者、川瀬主任、大原ケアマネ、浩司、冴香、駿介の六人は、事故が起こったお風呂場前に集まった。
川瀬主任を中心にかたまり、事故は何故起こったのか、話し合いの場が持たれたが……。
「……」
「……」
いつになく、空気が重い。
起こってはならないことが起こったのだ。
今、全員が予定外の行動を強いられている。
川瀬主任は、来月の勤務表作成を行うため、和田管理者と調整している最中だったし、大原は、ご家族との電話対応中だった。
他にやらなければならない仕事がある中で、突然呼び出されたとなれば、誰だって良い気はしないだろう。
そしてなにより、浩司自身が一番、不満を抱えていた。
――なんでこっちまで怒られるかな……。
川瀬主任は、おおよその状況を確認した後、駿介を問い詰めるよりも先に、「コージはなにをしていたんだ?」と尋ねてきた。
まるで、浩司が悪いことをしたかのような言い方で、それが腹立たしかった。
理屈の上では分かっている。
駿介が事故を起こしたとなれば、指導担当である浩司にも、当然、責任が生まれてしまうだろう。
それが組織であり、会社というものだ。
だけど、今回の一件に関しては、その理由だけで責任を被りたくなかった。
滝野さんが玄関で暴走した時のように、浩司がなにか見誤ったわけではない。今回、浩司がしたことと言えば、駿介に洗濯物干しをお願いしただけだ。
洗濯物干しをお願いしたら転倒事故が起こるなんて、神様でもなければ予測できないだろう。
――なんなんだよ……くそ。
駿介本人には気付かれぬよう、密かに睨みつける。
木澤さんの件でのストレスも、まだ消えていないのだ。
頭の中で、こういうこともある、仕方ない、と何度も唱えてみるが、それ以上に、駿介への不満が勝ってしまっていた。
「――他に、聞きたいことがある人は?」
浩司の思いをよそに、話し合いは核心部分に到達する。
先ほど、駿介から滝野さんが転倒した時の状況を詳しく確認した。
トイレへ入った滝野さんが、思ったよりも早く出てきてしまい、物干し竿の足に引っ掛かり、転倒してしまった、と。
目撃者が一人だけということもあり、滝野さんがどこを歩き、どのように転んだのか、物干し竿がどこにあったのか、シミュレーションも行った。
川瀬主任は、疑問点がないことを確認し、駿介への質問に移る。
「護人君は、どうして転倒事故が起こったと思う?」
浩司は、『分かりきっているだろう?』と駿介に視線を投げる。
対し、まだ不安そうな表情のまま、彼はこう答えた。
「滝野さんは、お辞儀をしながら通り過ぎたので、足元の確認が疎かになっていたんだと思います」
「…………あ?」
思わず、低い声が出てしまった。
「コージ」
「あ、すみません」
川瀬主任に窘められ、慌てて謝る。
が、驚いているのは自分だけではないと悟る。
大原や冴香も眉をひそめ、明らかに困惑していた。
――阿保か?
心の底から、そう思った。
これまでも、同じようなことを感じたことはあった。
一度教えたことが上手く伝わっていなかったり、応用が利かず、何度も何度も同じようなことを繰り返したり……。不器用なタイプなのだろうと評価していた。
ただ、今の回答は、器用とか不器用とかそういう話ではない。
誰がどう解釈しても、事故原因は、
駿介が物干し竿を移動させなかったこと、だろう。
駿介の話によれば、彼は始め、滝野さんがトイレへ向かう際、物干し竿をきちんと脇に寄せていたらしい。しかしその後、物干し竿を少し動かしたという。
それが、滝野さんにとっては障害物になったのだ。
要は、面倒くさがらず、もう一度、脇へ寄せれば良かったのだ。
たったそれだけの話だ。
それがどうして、
滝野さんが足元への注意を疎かしていた
と、滝野さんに原因があったかのような言い分になるのか。
自分に責任はないと言いたいのか、それとも本当に、ただの阿呆なのか。




