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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第四章:介護という仕事
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介護という仕事ー1

 浩司と冴香が駆けつける十分ほど前――。


 護人駿介は苛立いらだちを洗濯物にぶつけていた。

 バン、バン、と必要以上に大きな音を立て、しわを伸ばしてからハンガーにかけていく。

「間違ってないだろ……」

 周囲に先輩方がいないことを確認してから、ぽつり、呟く。

 移動式の物干し竿をお風呂場前へ設置し、先輩たちから隠れるように洗濯物を干していた。


 駿介は就職して以降、初めて、先輩たちの言い分に納得できなかった。


 木澤さんの入浴介助の様子を間近で見て、『虐待だ』と確信した。

 浩司や冴香は、それっぽいことを言って、自分たちの行いを正当化しようとしていたけれど、到底とうてい、納得できるものではなかった。

 様々なことを試したと言っているが、聞いている限り、改善の余地はまだまだあると思えた。

 駿介が「温泉に行く」と提案したことで、『誰かと一緒に誘ってみる』という案が出たように、もっと話し合いを重ねれば、別の解決策がある気がした。


 ――美智子さんもなに考えてんだ……。


 怒りの矛先は職員だけにとどまらない。

 木澤さんの娘である、美智子さんへも向けられる。

 自分の親じゃないのか、と思ってしまう。

 あれほど嫌がっていることを、何故、許してあげられないのか。

 自分を生み、育ててくれた大切な親を、自分たちの都合で無理やりお風呂に入れて、それで満足なのだろうか。

「……くそ」

 鬱屈とした、気持ちの悪い空気が胸の中に溜まっていく。

 いくら深呼吸をしても、晴れそうになかった。


「すみません、ちょっと通してください」


 と、駿介のすぐ隣に滝野さんがやって来た。

 考え事をしていて、気づくのが遅れてしまった。

「トイレですか?」

「はい」

 滝野さんの返答を受け、駿介は物干し竿を移動する。

 フロア右手側奥にお風呂場があるのに対し、その対角線上に、トイレがある。

 物干し竿のキャスター部分を強めに蹴り、強引に移動させた。

 少々行儀が悪い行いだったが、迅速に行うべきタイミングだ。

 このくらいは許して欲しかった。

「ありがとうございます」

 滝野さんは、竿をどかしてくれた駿介へお礼を言う。

 律儀にも、背中を丸めてしっかりとお辞儀をしてくださった。

 帰宅へのスイッチが入らなければ、本当に良いおばあちゃんだ。

 滝野さんは、引き戸となっているトイレのドアを開け、足取り良くトイレへ入って行った。

「……集中、しないと」

 滝野さんを見送り、駿介は気合いを入れ直す。

 いつまでも、うじうじと考え事をしているわけにもいかない。

 自分個人として納得がいかなくても、事業所として、決定が下されたのだ。従う以外に選択肢はない。

 どうしても納得できなければ、唯一、話を聞いてくれそうだった川瀬主任にでも相談すれば良いのだ。


 今は、それよりも目の前の業務に集中するべきだ。


 特定の御利用者のことばかりを考えて、他の介護が疎かになるなんて、あってはならない。

 自分の精神状態もコントロールし、きちんと対処できてこそ、一流の介護士だろう。

 駿介が目指す『プロの介護士』とは、そういうものだ。

「移動させるか……」

 モヤモヤとした気持ちは残っているが、わざわざ先輩たちから隠れるように業務を行うのも失礼だ。

 なにより、他の御利用者がよく見えない。

 駿介は物干し竿の上部分を持ち、移動を開始――

「おっ? 早いな」

 と、先ほどトイレへ入ったばかりの滝野さんが、ガラガラとドアを開け、引き返して来た。もう用足しを終えたのだろうか。

 微妙に物干し竿を動かしてしまっていたが、人ひとりが通るくらいは問題ない。わざわざまた動かして、避けるほどではない。

「どうぞ」

 駿介は滝野さんを促し、フロアの方へ戻ってもらうようジェスチャーする。

「何度もすみませんね」

 滝野さんはまた、丁寧にお辞儀をして歩いていく。

「いえいえ」

 駿介も軽くお辞儀をして返す。

 その直後だった。


「あっ」


「え?」

 目で、その事態を認識するよりも早く、ガツンと物干し竿に衝撃が伝わって来た。

 一瞬、なにが起きたから分からず、思考が固まってしまった。

 そのコンマ何秒かが、全てだった。

「――!」

 咄嗟とっさに出した手は、何もつかめず空を切る。

 頭で状況を理解したその時には、もう手遅れだった。



 ドン! と大きな音を立て、滝野さんは床に倒れ込んだ。

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