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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第三章:虐待の定義
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虐待の定義ー5

 例えば――。


 失禁して、パンツもズボンもびしょびしょに濡れたまま過ごしている御利用者がいたとして。

 本人が「交換しなくて良い」、「面倒くさい」と、着替えることを拒否したとする。

 これをそのまま『本人が嫌がっているから』と放置した場合、世間ではどう言われるだろうか。


 『介護放棄』だ。


 衛生的によろしくないのはもちろんのこと、それを許してしまうことで、周囲へ異臭を放つ原因を作り、最悪、感染症を引き起こす原因にもなりかねない。

 介護士は叩かれるだろう。


 ところが、だ。


 拒否され、蹴られ、殴られ、唾を吐かれ――それでも頑張って着替えさせたとする。

 その時、今度はなんと言われるか。


 『虐待じゃないのか?』。


 本人の希望通り放って置けば『介護放棄』と言われ、本人の健康や社会生活を優先して介護を行えば、『本人が嫌がっているのに無理やりやっている』と虐待を疑われる。

 じゃあ、どうすれば良いのか、という話である。

 そして、これを聞いた人はこう思うだろう。


 それをなんとかするのが介護士ではないのか、と。


 一見、もっともな意見に聞こえるが、こちらからすれば、無茶を言うなと言い返したい。

 身近な人間どころか、本人すら理由が分からなくなっている『拒否』を、出会って間もない介護士がどうやって克服させるというか。

 冷静に考えていただきたい――。



「コージ、顔が怖いぞ」



 不意に、ズシリとした感触が肩にのしかかって来た。

「後輩君が怯えているじゃないか」

「主任……」

 振り返り、目線をあげるともじゃもじゃ頭が目に映る。

 顔は笑っていたけれど。

 肩に置かれた手には力がこもっている。

「コージの言うことは正しいよ。でも、護人君の言うことも間違ってない。それは、コージも分かるだろ?」

「……はい」

 どこか、有無を言わさぬ口調だった。

 浩司が頷くと、川瀬主任は手の力を抜く。

 それから、こう言った。



「カンファレンスをしようか」



     ◆



 カンファレンスとは――?

 簡単に言えば、小会議である。

 介護という分野は、実は、『同じことが繰り返し起きる事案』は多くない。

 ほんの少しの声かけ、対応のズレによって、同じようなことであっても、微妙に内容がずれていることが多くある。

 また、認知症を始め、お年寄りが持っている病気は日々、進行している。一週間どころか、僅か数日で大きく状態が変化することもしばしばだ。


 そんな時、重要になって来るのが『カンファレンス』だ。


 その日、出勤している職員で集まり、早急に決めなければならないことや、見直しが必要なことを話し合い、対応を決定する。

 これを疎かにすると、情報共有が遅れてしまい、対応も後手に回ってしまう。

 介護現場で日常的に行われている業務の一つだ。


 ――面倒くさいな……。


 しかし、そんな大切な場において、浩司のやる気ゲージは下降の一途をたどっていた。

 川瀬主任の発案で、木澤さんの入浴対応を再検討しようという流れになり、カンファレンスの場が設けられたわけだが……。

 浩司にしてみれば、無駄な時間だった。

「この時間、必要ですか?」

 それは、冴香にとっても同じことのようだった。

 木澤さんの入浴対応を終えた彼女へ経緯を伝えた結果、第一声は「あー……」で、第二声は「面倒ですね」だった。

 川瀬主任と駿介に聞こえないよう、こそこそと話す。

「今更だよな」

「ですよね。木澤さんの対応に関しては、今までだって考えてきたじゃないですか。今、なにか話すことってありますか?」

「俺はないと思うけどな。いろいろ試して、それでもダメだったから、今みたいな感じになっているんだからな」

 冴香と二人、愚痴を言い合う。

 木澤さんの入浴対応は、利用開始当初から問題視され、幾度となくカンファレンスを行っている。

 今更、わざわざ集まって話すことなどないはずだった。

 正直、駿介が面倒なコトを言い出さなければ……と思ってしまっている。

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