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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第三章:虐待の定義
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虐待の定義-4

「大丈夫ですか?」

 苦い顔をしていると、駿介が話しかけてきた。

 気を遣わせてしまっただろうか。

「ああ、大丈夫だよ。いつものことだしな」

「そうですか……」

 なんてことはない、と肩をすくめて見せるが、駿介の表情は晴れない。

 ひょっとして、『先輩たちに任せてしまい、何もできなかった』とでも思っているのだろうか。

「どうした?」

 気になって尋ねてみると、駿介は「えっと」と言い淀む。

 視線をあちこちへ飛ばし、挙動不審になる。

 一体、なにを気にしているのか。

「なにかあるなら、はっきり言ってくれ」

 いつもの煩いくらいの元気はどこへいったのか。

 少し面倒だな、と思ってしまう。

 こういう時、スパッと割り切れないのが彼の悪いところだ。

「えっと……。すみません」

「いや、すみませんじゃなくて。……なに?」

 さらに促す。

 駿介はなおも、「いや、その」とか口の中でごちゃごちゃ喋っていたが、数秒後、観念したように、口を開く。



「今のやり方、虐待じゃないんですか?」



 恐る恐る、といった風に、駿介は言葉を吐き出した。

 合点がいく。

 言い淀んでいた理由は、『先輩たちのやり方を否定することになるから』だ。

 疑問を持ったものの、それを言ってしまうと失礼になるのではないか、と考えたのだろう。

 浩司も何度か経験したことがあった。


 さて置き。


 浩司は思案する。

 駿介の疑問――虐待ではないのか、という問いに対し、どう説明したものか。

 駿介の言い分は、つまりこういうことだろう。


 木澤さんは、犬の毛を沢山つけていて、衛生面を考えればお風呂に入った方が良いことは分かる。家族からの希望でもあるから、介護士としてその希望を叶えなければならないことも、分かる。

 けれど、本人が強硬に入りたくないと拒否しているのに、無理やり立たせ、力づくでお風呂場へ連れて行き、強制的にお風呂に入れるのはいかがなものか。

 本人の希望に沿ったことを行うのが、『介護』ではないのか。


 要は、こういうことだ。

 全くもって、その通りである。


 『御利用者のことを第一に考え、介護を行うこと』。


 これを、介護分野では『御利用者ごりようしゃ本位ほんい』と言う。

 福祉系の大学を卒業した者ならば、誰もが知っている基本的な考え方だ。

 駿介の疑問は、これに沿ったものだろう。

 浩司はまず、それを肯定する。

「その疑問はもっともだな。俺と硯さんが今、木澤さんにしたコトを、第三者が見た場合、ほとんどの人が虐待じゃないか、と思うだろうな」

 大袈裟なくらい、うんうんと頷いて見せる。

 もし事業所内にカメラを持ち込まれて、今の様子を撮影されていたとしたら……どんな判断が下されるか、かなり微妙なラインだと思う。

 そんなことは言われるまでもなく、浩司だって承知している。


 その上で。


 否定させてもらう。

「駿介の言いたいことは分かったけど……。俺からも、質問させてもらっていいか?」

「え? あ、はい」

 駿介が頷くのを待って、浩司は問いかける。



「もし、犬の毛だらけで何週間もお風呂に入らず、不衛生なままごはんを食べたとして――それが原因で食中毒になったり、感染症なんかを引き起こしたりした場合、それは、誰の責任になるんだ?」



 我ながら、意地悪な聞き方だとは思う。

 明らかに、答えを誘導している。

 だけど、事実だ。

 浩司はそのまま、言葉を紡ぐ。

「例えば、お腹が空かないと言って、食事を拒否する御利用者がいたとして、『その人の希望通り』、食べなくても仕方がないと放って置いたとするよな? その結果、衰弱して亡くなってしまったら、どう思う? それは、御利用者本位か?」

「それは…………違います」

 駿介は、少しむっとした表情になったけれど、反論の言葉は出てこなかった。

 浩司があげた例は、かなり極端なものだが、こうした事例は介護においてはいくらでもある。

 介護士にしてみれば、結果が分かりきっており、『しなければならないこと』であっても、される側である御利用者本人にとっては、さして重要なことではない、という事例だ。

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