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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第三章:虐待の定義
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虐待の定義-1

 ゴールデンウイーク初日。

 テレビでは交通情報や、各地の観光名所の紹介など、ゴールデンウイークらしい報道がなされている。

 今年は最大で十日間にも及ぶ、超大型連休ということも相まって、平年より盛り上がっている……気がする。

 気がする、というのは、実際には分からないからである。


 介護士に大型連休は存在しない。


 ゴールデンウイークの仕事量は、普段となんら変わりないのである。

 家族が休みになる分、御利用者が減ると思われがちだが、実際はそうでもない。

 普段、自宅で過ごしている家族が地元へ帰省したり、逆に、普段はいない親戚が自宅に来たりするのだ。結果、『お年寄りの面倒を見れなくなる』家族も増える。

「次、行くぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください」

「早く準備しろって!」

「すみません!」

 もちろん、今年の四月に入社したばかりの彼、護人駿介も、通常通りのシフトが組まれている。

 浩司に急かされ、駿介は大慌てで手を動かす。

 椅子にバスタオルをかけ、床に落ちた水滴を足ふきマットで拭う。

 シャワーや湯舟の温度を確認し、シャンプーやボディソープの位置、滑り止めマットや取り付け式の手すりに不具合がないかも確認する。

「オーケーです!」

「よし。次、木澤きざわえい子さん」

 ハンドタオルで自身の手足を綺麗に拭き、浩司は指示を出す。

 一ヶ月が過ぎ、駿介の仕事の幅も徐々に広がっていた。


 今日は、入浴担当の一日である。


 これまでも、何度か二人で入浴業務を行ってきた。

 他の業務であれば、もう任せても良いくらいなのだが、入浴業務に限っては、すぐに任せるわけにもいかない。

 何故か?


 数ある介護士の業務の中でも、事故が非常多い業務だからだ。


 タイル張りの浴室で、素足での歩行だ。転倒した場合の危険は、通常時に比べて跳ね上がる。

 その上、血圧の急激な変化が起きやすい場所であるため、体調不良や急変を引き起こす可能性も高い。

 一歩間違えば、御利用者の命を奪いかねない業務なのだ。



「放って置いてください! 家で入って来たから!」



 そして、簡単に任せられない理由はもう一つある。

 浩司の指示を受けて、駿介が向かった先――畳場から怒鳴り声が聞こえて来た。

「木澤さん、せっかく、家族の方が着替えを用意してくださっていますし、さっと入ってきませんか?」

「嫌です!」

「そこをなんとか――」

「嫌と言ったら嫌です! 今、わたし、風邪気味なんです。……お前さん、風邪ひいてる人に、風呂に入れって言うんかね?」

「いえ、そういうわけでは……」

「じゃあどういうわけなの? 言ってみなさいよ」

 木澤さんは怒り口調で駿介に詰め寄る。

 滝野さんを彷彿とさせる剣幕だった。

「またか……」

 浩司は少し離れた位置でその様子を見守る。

 駿介はどうにかして入浴していただこうと、言葉を重ね、粘っているが、望みは薄そうだった。

 滝野さんと違い、木澤さんの『入浴拒否』はコミュニケーションの取り方が悪いとか、そういう話ではない。

 誰が相手でも、どんな風に声をかけても、必ず、拒否するのだ。


 理由は、誰にも分からない。


 風邪をひいていると本人は言うが、熱や血圧といったバイタル面での異常はなく、鼻水や咳といった風邪症状もない。

 木澤さんの中で、なにが引っ掛かっているのか、分からないのだ。

「木澤さんですか?」

「あ、硯さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 休憩から戻ってきた冴香が話しかけてきた。

 休憩中、余程、まったりしていたのか、目をこすっている。

「木澤さん、前回、入ってないんでしたっけ?」

 欠伸を噛み殺しつつ、尋ねて来る。

「そうなんだよ。……だから、今回は何がなんでも入ってもらわないと困るんだけどな」

「入りそうな感じですか?」

「いいや。見た通りだよ」

 浩司がやれやれとため息を吐くと、冴香もげんなりした様子で「そうですか」と言う。

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