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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第二章:犬と後輩
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犬と後輩ー5

     ◆



 護人駿介迷子事件と名付けられたこの一件。

 運が良いのか悪いのか。

 スマホを貸してくださった方が地理に詳しく、駿介は無事、事業所へ帰って来ることができた。

 スマホを破壊し、駿介を迷わせたお犬様ことハナ子は、車に乗せる際、大層暴れたらしい。犬の扱いに慣れている冴香が迎えに行ったから良かったものの、そうでなかったら、そこでまた、ひと悶着あっただろう。

 駿介本人の処遇については様々な協議がなされたが、結論だけ言えば、いくつか書類を書かされただけで、お咎めなしとなった。

 そして、元凶である美智子さんのもとには、和田管理者が直接出向き、話をつけてくれた。

 二度と犬の散歩などお願いしないよう、強く釘を刺してきたと言っていた。


 そんな、慌ただしいゴールデンウイーク前日を終えて。


「いただきます」

 浩司は仕事終わりにカフェへ立ち寄っていた。

 ふれあい西家から車で十分ほどのところに位置する、こじんまりした個人経営のカフェである。

 以前、店長さんに聞いた話では、もともとは普通の一軒家だった住居を買い取り――改修し、趣味でカフェを開いているとか。

 ネットの口コミサイトなどにも載っていない、穴場だ。

「……」

 店長自らが淹れてくれたブラックコーヒーを一口飲む。

 ぐるりと店内を見まわすと、他にも何名かお客さんがいる。

 参考書を広げている学生や、スマホを操作し、自分の時間を楽しんでいる若者、会話に花を咲かせているお年寄りの姿もある。

 店内はちょっとした宴会場並みの広さがある。カウンター席が十席ほどと、四人掛けのテーブル席が十個近く。天井を見上げれば、淡いオレンジ色を灯す電球がぶら下がっている。

 各テーブル席の合間には、濃い色の間仕切りが設置され、それぞれがのんびりとくつろげるスペースになっている。


「彼も誘えば良かったんじゃないですか?」


 女性にしては少し低めの、よく通る声が耳に届く。

「嫌だよ。なんで誘わなくちゃいけないわけ?」

 むっとして返すと、彼女は「冗談ですよ」と笑う。

 彼女のトレードマークである、短めのポニーテールが楽し気に揺れた。

 浩司はもう一口コーヒーを飲んで、尋ねる。

「硯さんは、駿介のこと、どう思う?」

「……そう言う彩峰さんは、どう思っているんですか?」

「質問に質問で返すなよ」

「まあ、いいじゃないですか」

「良くねーよ」

 彼女、硯冴香はくすりと笑う。

 冴香とは、よく二人でここに来る。

 付き合っているとか、そんな関係では断じてないが、なんとなく、気が合うのだ。

 冴香は周囲の空気を読み、臨機応変に動ける柔軟性と、言わなければならないことをはっきりと口にできる図太さを併せ持っている。

 面倒事を嫌う浩司にとって、頼れる後輩であると同時に、話をしやすい相手でもあった。

「んー。私は、良い子だな、と思いますよ」

 浩司が答える気がないとみると、冴香はすぐに自分の答えを口にした。

「彩峰さんほど深く関わっていないので、護人さんの細かい考え方は分かりませんけど……一生懸命なのは伝わってきます。やる気を持って取り組んでくれるのは、教える側としてもありがたいことじゃないですか?」

「あー……まあなー」

 浩司は首を捻る。

 やる気があるのは認める。ないよりはあった方が良い。

 本人にしてみれば、精一杯努力して、先輩の言うことを聞いて、反省して、毎日、頑張っているつもりなのだろう。

 それはその通りなのだが……。


「かなり、空回ってる感じはしますけどね」


 苦笑いで発された冴香の言葉に、全力で頷く。

 そうなのだ。

 必要のない時に無駄な元気を持っていて、テキトーに受け止めて流してしまえば良い時に、逆に落ち込んでしまう。

 相手をさせられる側は、ただただ『面倒くさい』と思ってしまうのだ。

 指導する立場として、普段はそういうことを思わないようにしている。自分の教え方が悪かったのではないか、もっと別の言い方があったのではないかと反省もする。

 けれど、今日みたいなことが起こると――。

「今日も、大変でしたしね」

「え……?」

 思っていたことをそのまま言葉にされて驚く。

 顔をあげると、冴香はまた、クスリと笑った。

 先ほどから、思考を読まれている気がする。

 そんなに分かりやすいだろうか。

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