介護士にできることー11
「――っ!」
駿介の中で、なにかが切れた。
――この人は……っ!
介護士だからとか、上司に言われたからとか、そんなことは一切ない。むしろ逆だ。
そんなことは思っていないし、言われてもいない。
無駄だと思っているのなら――無意味だと感じているのなら、最初からこんな提案はしない。
他にもっと手をかけるべき人がいる?
その通りだ。滝野さんや古俣さん、他にも、大変な御利用者は多くいる。本来ならそちらを優先するべきだろう。入所が確定している桐谷さんに時間をかけるべきではない。
そんなこと、言われるまでもなく分かっている。
それでも、桐谷さんのためにと動こうとしているのだ。
血の繋がった自分の母のことに関して、無駄とか意味がないとか、なにを言っているのか。
どういう家庭で、どういう環境で育つと、そんな思考回路が生まれるのだろうか。
実の母親に対して、情というものがないのだろうか。
「あの、あなたは――!」
「駿介」
文句の一つでも言ってやろうかと口を開いた、その瞬間だった。
肩をつかまれた。
びっくりして顔を横に向けると、いつの間にか、浩司が至近距離に立っていた。
「……」
「……」
受話器は置いていない。
明良さんとはつながったままだ。
駿介も浩司も、言葉を発することは許されない。
ただ、浩司の睨みつけるような視線から、意図を察することはできた。
『それ以上、何も言うな』。
駿介の反応から、会話の流れが良くない方へ動いていることに気付き、すぐそばで見守っていたのだろう。
浩司らしい対応だった。
――くそっ!
駿介は歯噛みする。
あくまで、ふれあい西家の職員として電話をかけているのだ。駿介の独断で、余計な発言をするわけにはいかない。
電話をかける前にも、浩司と『夏祭りの出欠確認をするだけ』と約束している。
浩司の方が正しいのだろう。
だとしても、一言くらい、なにか言ってやりたかった。
「……っ」
肩に置かれた手に、さらに力がこもる。
波打つ感情を見透かされていた。
訴えかけるように浩司へ視線をやるが、より一層、鋭い視線が返ってきた。
――くそっ、くそっ!
感情に任せてなにか言おうものなら、受話器を取り上げられるだろう。
それほど、強く、迫力のある表情だった。
「……」
この場で、これ以上の言動は許されなかった。
駿介は燃え上がった感情を必死に抑え込み、
「分かりました。お時間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした」
それだけ口にして、静かに受話器を置いた。
同時に、肩に置かれた手がゆっくりと離れる。
――……だったらっ!
受話器を置いた数秒後、駿介は走り出した。
居ても立っても居られなかった。
「おい!」
浩司の制止は、当然のごとく無視した。
あとで、どれだけ怒られても良い。
そんなことは気にしない。
今は、ただ、
悔しかった。
何もできないもどかしさが、胸の内いっぱいに広がっていた。
明良さんに対する怒りもあるが、それ以上に、このまま終わらせたくないという気持ちの方が強かった。
いつでも、どんな時でも笑顔で支えてくれた柚希のように――。
なにか、自分にできることがあるはずだと信じたかった。
「くそっ!」
息を切らし、走った先は、ふれあい西家の二階――。
浩司よりも、川瀬主任よりも権力を持ち、説得できればそれで全てが進む――和田管理者と、大原がいる事務室である。
「失礼します!」
駿介は、僅かな望みをかけて、ドアを開けた。




