介護士にできることー10
「桐谷スミさんは、長い間、ふれあい西家で過ごされて――」
〈ええ、それに関しては感謝しております。それが?〉
「ですから! 長い間、一緒に過ごしてきた職員としても、『最後に夏祭りを楽しんでいただいてから……』という想いもありまして――」
〈……〉
「御本人さんが、どう思っておられるかは分かりませんが、私たちとしましても、楽しんでいただけるよう全力を尽くしているところです。ご一考いただけないかと思い、今回、連絡させていただきました」
駿介は気を張り、最後まで言い切った。
無理だろう、とは思う。
駿介とて、突然こんなことを言われて「はいそうですか、分かりました」と頷くわけがないと思っている。
それでも、我を通した。
何と言われようと、これが『介護士、護人駿介』だ。
昨夜、一晩考えて、ここだけは曲げないと腹をくくってきた。
結果がどうであれ――
〈……ふーー〉
と。
電話口から、大きく息を吐く音が聞こえてきた。
それはまさしく『ため息』と呼ぶにふさわしいもので、声を聞かずとも、返答が透けて見えた。
〈護人さん、とおっしゃられましたか?〉
「はい」
駿介は覚悟する。
明良さんの静かな声が、逆に怖かった。
明良さんは最初から出ないと断言しているのに、もう一度考えてくれと無理やりお願いしているのだ。
何と言われても仕方がない――
〈大変ですね、介護士さんも〉
「…………え?」
聞こえてきたのは、予想よりも数倍、穏やかな声だった。
怒られることも覚悟していたため、その声に――いや。
違う。
本当に驚いたのは、そこではない。
なにが、大変だと?
〈介護士という立場上、そういう提案も、しなくてはならないんでしょう? ああ、もしかして……上司の方にそう言いなさいと、指導されているんでしょうかね?〉
「……」
〈ご存じかと思いますが、母は、なにを言っても、なにをしても、分からなくなっていますよね? そんなに無理をしなくても良いですよ。どうせ、分からないのですから〉
明良さんは悪びれる様子もなく、そのまま続ける。
自身の母を『なにも分からない人』と言い、駿介の厚意を踏みにじる。
本心から、そう思っているようだった。
〈他の、もっとしっかりしている人を気にしてあげてください。母なんかより、時間をかけなければならない人はいるでしょう? 介護士という立場上、誰に対してもきちんと接しなければならないことは分かりますが、無視してもらって構いませんよ〉
そして、明良さんはその一言を、口にした。
〈なにをしても、無駄ですから〉




