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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第五章:介護士にできること
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介護士にできることー9

     ◆



 幸いにも、行うべき業務はほとんど終了していた。

 リーダーである浩司がフロアを回し、送迎や訪問といった業務は川瀬主任が行っていた。入浴担当の冴香も、滞りなく業務を進めていた。

 やることがないわけではなかったが、どうしても駿介が行わなければならないことは残っていなかった。

 駿介は御利用者の情報がまとめられているファイルを開き、桐谷さんの息子――明良あきらさんの携帯番号を探し出す。

「コージさん、かけますね」

 お目当ての番号を見つけ、浩司へ声をかける。

「ん? はいよ~」

 浩司は、ノートパソコンを移動させ、テーブル席で椎川さんと話しながら、なにやら作業に勤しんでいた。

 興味があるのかないのか分からない、のんびりとした声が返ってきた。

「……よし」

 駿介は念入りに、と言っても良いくらい、何度も気合いを入れて受話器を取る。

 一つ一つ、間違いのないよう番号を押し、受話器を耳に当てた。


 ――怖い人じゃないと良いけど……。


 呼び出し音が鳴っている最中、そんなことを考える。

 桐谷さんの家族と直接話すのは、駿介にとってはこれが初めてとなる。

 浩司や冴香から何度も話を聞いているため、はっきり言って、印象は良くない。

 話しの通じる人だと良いのだが……。



〈はい、もしもし、桐谷です〉



 呼び出し音が途切れ、代わりに声がする。

 男性にしてはやや高めの声音だった。

「お忙しいところすみません。私、ふれあい西家で介護職員をしております、護人駿介と申します」

〈ああ、はい、お世話になっています〉

「今、お時間大丈夫でしょうか?」

〈はい、大丈夫ですが?〉

 手短に前置きをして。

 駿介は本題へ移る。

「桐谷スミさんの、夏祭り参加の件で連絡させていただきました」

〈え? はい、なんでしょうか?〉

 夏祭りと聞いたからなのか、やや戸惑いの声に変わる。

 明良さんからすれば、もうその件は終わったものだと思っているだろう。

 今更、何の用事だと不審がられても仕方がない。

〈母は、そちらの夏祭り前に入所が決まっているはずですが……?〉

「あ、はい。それは承知しております」

〈では、なんの用ですか?〉

 明良さんの声に、異物が混じった。

 電話に出た当初より、面倒くさそうな――硬い声へと変わる。

 駿介は声を張る。

 ここからが、電話をかけた目的だ。

「桐谷スミさんが、夏祭りへ参加される予定だったことは御存じかと思いますが――」

〈ええ、知っていますよ? ですが、入所が決まったのですから、不参加になりますよね?〉

「あ、はい。そうなのですが――」

〈じゃあ用件はなんですか?〉

「……」

 取り付く島もない。

 駿介が言い終える前に言葉を繰り出してくる。

 予定していた『桐谷さんが本当に不参加で良いのか?』という問いに対する答えも、尋ねる前に明良さんが回答してきた。

 夏祭り参加を促すことなど、とてもできそうにない。


 ――やっぱり、厳しいのか……。


 ため息が漏れそうになる。

 気の良い家族でないことは承知していたけれど、こんなにもあっさり否定されると、どうしてみようもない。


〈もしもし? その確認の電話ですか? 他になにかありますか?〉


 駿介が詰まってしまうと、明良さんの声は、怒り口調へ変わっていく。

「……」

 駿介はぎゅーっと目を閉じる。

 このまま電話を切ったのでは、なんのために電話をしたのか分からない。

 決定権を持つ明良さんが、夏祭りなど関係なく、早急な入所を希望していることはもう分かった。


 けれど、まだ退けない。


 それは明良さんの考えであって、桐谷さん本人の希望ではない。

 何も変わらないかもしれないが、せめて、自分にできる最低限のことはやろうと、勇気を振り絞った。

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