介護士にできることー7
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「ねむ……」
桐谷さんの入所が決まった翌日である。
今日は珍しく曇り空だった。
夜の間に雨が降り、幾分か気温が和らいでいた。
それでもまだ暑いが、これまでに比べれば、大分マシと言えた。
――全然眠れなかった……。
駿介は雨の音を聞きながら、一晩かけて熟考を重ねた。
なにが正しいのか、なにを大切にするべきなのか。
答えを探し続けた。
おかげで全く眠れなかったが――一つだけ、やろうと決めたことがあった。
「おはようございます!」
出勤し、挨拶すると「ああ、おはよう」と浩司の声が返って来る。
本日の早番は、浩司と川瀬主任の男性コンビだ。
浩司はフロアに置かれたノートパソコンの前に陣取り、なにやら難しい顔をしていた。
フロア内に川瀬主任の姿は見当たらないところを見ると、おそらく、送迎中だろう。
「……っ」
「……? 眠そうだな。大丈夫か?」
早速、浩司に見抜かれてしまう。
大きな声を出して誤魔化したつもりだったが、欠伸を噛み殺したのがばれたようだった。
大丈夫です、と返答しつつ。
駿介は、昨夜考えたことを実行に移す。
桐谷さんの入所まで、残された時間は限られている。
なにをするにせよ、早く行動しなければならない。
出勤直後に行動を起こすと決めていた。
「あの、コージさん」
「なんだ?」
「夏祭りの件で、一つ、確認したいことがあるのですが……」
「……言ってみろ」
浩司の表情が、目に見えて変わった。
やる気のなさそうな声色から、厳しく、低い声になる。
パソコンの上へ置かれていた手が、膝へと下ろされた。
駿介の方へと向き直り、ギラリとした視線を向けて来る。
――気後れするなっ!
昨日、冴香や田島にも相談していることは、指導担当である浩司の耳にも届いているだろう。
浩司からすれば、無鉄砲な新人が『また』、無茶な申し出をしてくるのではないかと警戒しているはずだ。
態度が変わることは、予測できていた。
「桐谷さんのことか?」
尋ねられ、「はい」と頷く。
駿介はふううと大きく息を吐き、用件を口にする。
「最後に、もう一度だけ、ご家族に確認を取れないでしょうか?」
「……」
浩司は黙ったまま、どういうことだと厳しい視線を向けて来る。
駿介は負けじと強い視線を向けて続けた。
「もともと、桐谷さん本人は夏祭りに参加していただく予定でしたよね?」
「そうだが?」
「それについては、ご家族にも伝えてあったわけですよね?」
「一応な。ご家族の出欠を聞いた時に、話したよ」
浩司の顔に疑念の色が混ざる。
桐谷さん本人の出欠に関しては、入所が確定した時点で消えているし、ご家族も同様だ。
今更、そんなことを確認してどうするというのか。
そんな顔だった。
「では――」
駿介はその疑念に答えるため、口を開く。
一晩考えて、出した結論だ。
全てが解決するような劇的な策なんてない。
それでも、一縷の望みをかけて、なにかできることはないかと考え抜いた結果だ。
「では、念のため、桐谷スミさんが、夏祭りに参加されなくても良いか、電話をして、確認しても良いでしょうか?」
「……?」
浩司の目つきがさらに険しくなる。
当たり前だ。
普通に考えれば、意味が分からない。
入所後の行事などや本人にとってもご家族にとっても関係のないことになる。わざわざ確認などする必要はない。
でも、でも、だ。
駿介たちは、まだ、夏祭りに関する『ご家族の意向』を聞いていない。
ご家族の出欠確認云々もあるけれど、桐谷さん本人が、夏祭りに参加されることに対しても、明確な返答をもらっていない。
だから――
「あー……そうか。そうか。なるほどな?」
浩司はうん、うんと頷いた。
口角が上がっている。
苦笑いのような、嘲笑のような――。
中途半端な笑顔が、怖い。
「こういうことか?」
「……なんでしょうか?」
「もし、桐谷さんの家族が、桐谷さん本人の夏祭り参加を希望されているのなら、それを理由に入所日をずらすなり、夏祭りの日をずらすなり、できるんじゃないか、と。そういうことだろ?」




