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結―ユウー  作者: 初雪奏葉
第五章:介護士にできること
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介護士にできることー6

「えっと……」

 少し迷ったが、

「では、お願いします」

 乗らせてもらうことにする。

 田島は、浩司や冴香よりもずっと年上で、介護士としての勤務年数も長い。

 古俣さんの対応で迷っていた時には、思いもよらないアドバイスをしてくれた。

 桐谷さんの件をどう思っているのか。

 意見を聞いてみたい気もした。

「仰る通り、桐谷さんが入所になるということで、なにかしたいと思っている部分はあるのですが――」

 駿介は、なるべく詳しく説明する。

 なにかしたいという気持ちはあるものの、浩司や冴香に釘を刺され、迷っている。考えれば考えるほど、無理になにかしない方が良いのではないかと思ってしまう。

 そんなことを、話した。

「なるほどね~」

 田島は、弁当箱と駿介を交互に見ながら、耳を傾けてくれた。

「田島さんは、どう思いますか?」

「そっか~。うーん……まあ……うーん……」

 駿介からの言葉を聞き終え、田島はしばらく唸った。

 ごちそうさまでした、と弁当箱を片付け、さらに数十秒「うーん」と考え込む。

 以前までなら、『はっきりしない人だな』とか思ったのだろうが、今は違う印象を持つ。田島は、マイペースでありながらも、介護士としての考え方は一流だ。

 真面目に考えてくれているのだろう。

 納得できる回答を期待したい。

「……わたしの考えだけどね」

 さらに十秒ほど時間を置いて、ようやく。

 言葉を選びながら、田島が口を開く。

「はい」

 駿介は一言一句聞き逃すまいと、しっかり目を合わせた。



「彩峰君も硯さんも、間違ったことは言っていないと思うけど……それでも、桐谷さんのためになにかしたいと思ったのなら、やるべきだと思うわよ」



「それは……?」

「彩峰君は、きっと『社会人として』許容範囲を超えていると言っていて、硯さんは『介護士として』どうなのかなって、投げかけていると思うのよね」

 田島は顎に手を当て、一つ一つ、説明する。

「社会人という立場としては、他の御利用者や職員、外部の方に迷惑をかけることは、なるべくしない方がいいと思うわ。それに、介護士としても、桐谷さん一人だけを特別扱いするのも、違うと思うのね」

 でも、と田島は言う。


「でも、『護人駿介』と『桐谷スミ』という関係で見た時に、なにかしたいと思ったのなら、その気持ちは大切にした方がいいとわたしは思うの」


 田島は続ける。

 眉を寄せ、難しい顔をしながらも、駿介に分かるよう、言葉を紡ぐ。


「前に話したと思うけど、御利用者と職員は、人間同士なのだから、どこまでいっても『人間関係』だとわたしは思っているのね? そう考えた時に、例えば、自分にとって特別な存在――家族や恋人に、なにかしたいって思うことは当たり前でしょう? そこで、他の人と差がつくのは当然のことよ。それを、誰かにとやかく言われる筋合いはないわ。……護人君が、桐谷さんを特別に感じて、なにかしたいと思ったのなら、そのまま踏み出してみればいいと思うのだけど……どうかしら?」


 田島は最後に、「他の人に迷惑がかかるっていう部分に関しては、責任を持つ覚悟が必要になると思うけどね」と付け足す。

 言い終えた時には、人の好さそうな笑顔に戻っていた。


 ――人間関係、か……。


 そういう考え方もありますよね、と返事をしつつ。

 駿介は脳みそをフル回転させる。


 田島の言うことも、十分、理解できる。


 御利用者と介護士の関係も、人それぞれで違う。

 介護士側から見て、特別だと思う御利用者はいるし、逆に、御利用者の方から慕ってくれるパターンもある。

 人間同士の付き合いなのだから、多少なりとも『相性』というものは存在する。対応に差が出てしまうことは良くないが、接しやすい関係、というのはあって当然だろう。


 で、あるならば。


 立場がどうとか、細かいことは気にせず、『なにかしたい』という気持ちを大切にして、出来る限りのことをすれば良い。

 御利用者に寄り添い、それぞれとの関係を大切にする田島らしい回答と言えた。

 しかし。


 ――田島さんだからこそ、言えること、かもしれないよな。


 そうも思ってしまう。

 田島は、分け隔てなく、誰に対しても親身になり、常に傾聴の姿勢を持って対応している。

 その田島が言うからこそ、説得力があるのだ。


 駿介の場合、どうなのだろうか。


 そうしているつもりではある。

 誰に対しても優しく、真摯に向き合おうと努力している。


 だが、甘い。


 田島や柚希といった、駿介が夢見ている『理想の介護士像』には遠く及ばない。

 毎回、なにかあるたびに考え込み、目の前のことすら見えなくなってしまうし、それによって失敗した経験もある。

 そんな状態で無理を通すのは、傲慢と言っても良いのではないだろうか。


「すみません、少し、考えさせてください」


 そう言うのが精一杯だった。

 誰の言うことも間違っていないように感じてしまう。

 浩司が言うことも、冴香が言うことも、田島が言うことも、それぞれ全て、正しいと思う。

 時間がないことは承知しているが、頭の中を整理する時間が欲しかった。

「護人君」

 田島は最後に、こんなことを言う。



「桐谷さんと関わるのは最後になるから、後悔しないようにね」



 その言葉には、しっかりと頷いた。

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