介護士にできることー6
「えっと……」
少し迷ったが、
「では、お願いします」
乗らせてもらうことにする。
田島は、浩司や冴香よりもずっと年上で、介護士としての勤務年数も長い。
古俣さんの対応で迷っていた時には、思いもよらないアドバイスをしてくれた。
桐谷さんの件をどう思っているのか。
意見を聞いてみたい気もした。
「仰る通り、桐谷さんが入所になるということで、なにかしたいと思っている部分はあるのですが――」
駿介は、なるべく詳しく説明する。
なにかしたいという気持ちはあるものの、浩司や冴香に釘を刺され、迷っている。考えれば考えるほど、無理になにかしない方が良いのではないかと思ってしまう。
そんなことを、話した。
「なるほどね~」
田島は、弁当箱と駿介を交互に見ながら、耳を傾けてくれた。
「田島さんは、どう思いますか?」
「そっか~。うーん……まあ……うーん……」
駿介からの言葉を聞き終え、田島はしばらく唸った。
ごちそうさまでした、と弁当箱を片付け、さらに数十秒「うーん」と考え込む。
以前までなら、『はっきりしない人だな』とか思ったのだろうが、今は違う印象を持つ。田島は、マイペースでありながらも、介護士としての考え方は一流だ。
真面目に考えてくれているのだろう。
納得できる回答を期待したい。
「……わたしの考えだけどね」
さらに十秒ほど時間を置いて、ようやく。
言葉を選びながら、田島が口を開く。
「はい」
駿介は一言一句聞き逃すまいと、しっかり目を合わせた。
「彩峰君も硯さんも、間違ったことは言っていないと思うけど……それでも、桐谷さんのためになにかしたいと思ったのなら、やるべきだと思うわよ」
「それは……?」
「彩峰君は、きっと『社会人として』許容範囲を超えていると言っていて、硯さんは『介護士として』どうなのかなって、投げかけていると思うのよね」
田島は顎に手を当て、一つ一つ、説明する。
「社会人という立場としては、他の御利用者や職員、外部の方に迷惑をかけることは、なるべくしない方がいいと思うわ。それに、介護士としても、桐谷さん一人だけを特別扱いするのも、違うと思うのね」
でも、と田島は言う。
「でも、『護人駿介』と『桐谷スミ』という関係で見た時に、なにかしたいと思ったのなら、その気持ちは大切にした方がいいとわたしは思うの」
田島は続ける。
眉を寄せ、難しい顔をしながらも、駿介に分かるよう、言葉を紡ぐ。
「前に話したと思うけど、御利用者と職員は、人間同士なのだから、どこまでいっても『人間関係』だとわたしは思っているのね? そう考えた時に、例えば、自分にとって特別な存在――家族や恋人に、なにかしたいって思うことは当たり前でしょう? そこで、他の人と差がつくのは当然のことよ。それを、誰かにとやかく言われる筋合いはないわ。……護人君が、桐谷さんを特別に感じて、なにかしたいと思ったのなら、そのまま踏み出してみればいいと思うのだけど……どうかしら?」
田島は最後に、「他の人に迷惑がかかるっていう部分に関しては、責任を持つ覚悟が必要になると思うけどね」と付け足す。
言い終えた時には、人の好さそうな笑顔に戻っていた。
――人間関係、か……。
そういう考え方もありますよね、と返事をしつつ。
駿介は脳みそをフル回転させる。
田島の言うことも、十分、理解できる。
御利用者と介護士の関係も、人それぞれで違う。
介護士側から見て、特別だと思う御利用者はいるし、逆に、御利用者の方から慕ってくれるパターンもある。
人間同士の付き合いなのだから、多少なりとも『相性』というものは存在する。対応に差が出てしまうことは良くないが、接しやすい関係、というのはあって当然だろう。
で、あるならば。
立場がどうとか、細かいことは気にせず、『なにかしたい』という気持ちを大切にして、出来る限りのことをすれば良い。
御利用者に寄り添い、それぞれとの関係を大切にする田島らしい回答と言えた。
しかし。
――田島さんだからこそ、言えること、かもしれないよな。
そうも思ってしまう。
田島は、分け隔てなく、誰に対しても親身になり、常に傾聴の姿勢を持って対応している。
その田島が言うからこそ、説得力があるのだ。
駿介の場合、どうなのだろうか。
そうしているつもりではある。
誰に対しても優しく、真摯に向き合おうと努力している。
だが、甘い。
田島や柚希といった、駿介が夢見ている『理想の介護士像』には遠く及ばない。
毎回、なにかあるたびに考え込み、目の前のことすら見えなくなってしまうし、それによって失敗した経験もある。
そんな状態で無理を通すのは、傲慢と言っても良いのではないだろうか。
「すみません、少し、考えさせてください」
そう言うのが精一杯だった。
誰の言うことも間違っていないように感じてしまう。
浩司が言うことも、冴香が言うことも、田島が言うことも、それぞれ全て、正しいと思う。
時間がないことは承知しているが、頭の中を整理する時間が欲しかった。
「護人君」
田島は最後に、こんなことを言う。
「桐谷さんと関わるのは最後になるから、後悔しないようにね」
その言葉には、しっかりと頷いた。




