サンドラ家改善奮闘録 その3
またまたお久しぶりです。
そろそろ行動制限が解除されつつある今日この頃ですが、如何お過ごしでしょうか。第二波のこともありますし、まだまだ油断せずお過ごしくださいね。
ついに乗った体重計は私に恐ろしい真実を告げました。ツラみ。
「ちょっと!ここにいるの?いるんでしょ!!」
控えめとは言い難いノックの音と声。
ジョセフさんが開けた扉の向こうには不機嫌を隠そうともしない継母様が立っていた。上品な輝きの真紅のドレスは黒と金のレースで飾られて、そのドレスに負けず劣らず継母様の波打つ豊かな髪と艶めく唇が今日も美しい。
今日は今後の事を決める為に来てもらったんだけど、はてさてどうなることやら。
「連日訳の分からない難題を吹っかけてははぐらかしてたのに、急に人を呼び出して!アナタどういうつもり?!」
「ご機嫌麗しゅう、お継母様。」
「私をおかあさまと呼ぶのは止して頂戴!」
「では、クローディア様と呼びますね。」
「ふざけた子ね!それで?何の用よ?!」
素振りで潰れたマメに薬を塗り込みながら答えると、継母様ーーもといクローディア夫人は掴みかからんばかりに詰め寄って来た。おおっと、美人さんが怒ると迫力があるね。
私を庇って前に出たジョセフさんに大丈夫だと首を振って立ち上がる。書斎のテーブルを回り込んでクローディア夫人の正面に立つと、頭半分くらい見上げる形になる。この体が低めなのと彼女のヒールもあるけれど、彼女は結構長身だと思う。現代ならパリコレモデル(但し胸は豊満)かハリウッドセレブみたいな?実際に見たこと無いから知らんけど。こんな状況でなかったら握手してもらいたいくらいだ。
「ダイエットです。」
「だい・・・え?」
「ダ・イ・エ・ッ・トです。」
そんなことを言われると思っていなかったのか、ポカンとするクローディ夫人の目を見て、もう一度はっきりと伝える。
「お継母・・・失礼、クローディア様は義姉様達が不当な扱いを受けていると思われて待遇改善を訴えにいらしたのですよね?ええ、ちゃんと覚えていますよ。そして御心配なく。アレは必要な措置です。『ダイエット』ご存知ないですか?痩せる為のトレーニングの事です。貴女の娘さん方は控えめに言っても太りすぎですからね。」
「んなっ、アナタ失礼ね!!」
「本当にそう思います?身内の欲目は置いて、一度しっかり現実を見てください。彼女たちは本当に標準的な令嬢の体型ですか?彼女たちに合うドレスは店頭に売っていますか?手直しせずに着れますか?型紙を取ってあるのは手直ししてないとは言いませんよ。」
「そ、それはっ・・・」
私の質問に目を釣り上げて怒るクローディア夫人だったが、重ねて問いかけると口惜しそうに黙る。
ネーア・サンドラ嬢とマイア・サンドラ嬢。同じくらいの大きさになった年子かと思っていたらなんと双子だった。言われてみたら確かに息ぴったりだし、そっくりで見分けがつかない。どちらがとちらだかわからない・・・オネエサマとしか呼んでないから困ってないし、まあいいか。
とにかく。彼女らは中々態度を改めようとしないというか、改め切れないというか。初日のアレがちゃんと堪えているらしく、表面上は従うフリをするのだが、仕事の仕上がりは雑だし、目を離せばすぐサボるし、挙句すぐに理由をつけてサボろうとする。せっかくのダイエットメニューも3分の1もこなせてない。
根底的にエラちゃんをナメていたから、下だと思っていた彼女が上に立つ事に納得していないのだろう。たまにこちらを憎々しげに睨んでるのバレバレだからな。教官全部見えてんだからな。メニュー二割り増しにしとくかんな。
「ですが、せっかくのダイエットメニューもやっていただかなくては意味がありません。聞けば一年後に婚活チャンス、もとい王宮主催の夜会があるとか。それまでには何としてでも痩せて頂かなくては。」
「アナタそれをどこで・・・ジョセフ!喋ったわね!!」
「確かにジョセフに裏を取りましたが、そんなデカイ催し、誰に聞かずとも分かりますよ。そんなことより貴女のお嬢さん方です。」
確かにジョセフさんに聞いてみたのだが、まさか本当にあるとは。うーん、何だかいよいよもってウソみたいなホントのお話(童話)になって来たぞ。もちろん唯々諾々とお話通りにする気はないけどね。
「ーー義姉様方は正直言って、今のまま夜会に出ても結婚は望めません。我が家が傾きかけてるのなんて周知の事実ですよ。金無し爵位無しの太ましいお嬢さん。お継母様、果たして貴女が男性なら娶りたいと思いますか?」
「あ、アナタねぇ!失礼もいい加減に・・・」
「しかぁし!!」
継母様が何やら言いかけてたような気がするが、私は声も高らかにテーブルを叩く。これからいいトコなんで、覚えてたら後で聞きますね。
「それを解決する方法がひとつ!義姉様達がモテれば良いのです!!そもそも貴女のお子さんなんだから元は悪くないはず。痩せれば引く手数多の美少女になるはずなんです。それを彼女達は分かってない!勿体ない!!可憐系かクール系の可能性を秘めていると睨んでいます!!」
「クール?可憐?え、可能性?・・・えぇ?そう、ね?」
「勿論持参金はなるべく用意したいですが、我が家の財政では相場を準備できるかどうか。なのでやはりお姉様方には多少持参金が足りなくても大丈夫と言って頂ける殿方を魅了していただかなくてはいけません。義姉様達が引く手数多のモテモテ令嬢になれば、「持参金なんて要らないよ。君さえ居てくれれば」みたいな男性が1人くらいいるはず!露出の多い服を着るだとかスキンシップ多めだとか直接的な誘惑で落とした男性は同じ方法で他の方に落とされます。旦那様候補をゲットしたいのは分かりますが、ガツガツした気持ちを前面に出すのはNGです。あくまで見た目は清楚に!儚くか弱い、けれど芯が強い!ギャップ萌え!ナニソレ可愛い!みたいな?清楚可憐系令嬢を、もしくはクールな見た目だけどたまに見せる微笑みが春の雪解けのよう。その笑顔を見るためなら死ねる!っていう感じのクーデレ系令嬢を目指しましょう!!なんなら折角双子なんですし欲張って両方・・・って、アレ?どうしました?」
途中から私の願望と欲望が入り混じったせいで思ってた以上に熱いプレゼンになってしまった。
ぶっちゃけ十割私の好みである。
何を隠そう私だって女の子である。「守ってあげたい系女の子」に憧れた事がなかったわけではない。だが、この口も手も目一杯出る性格が災いしてついぞなれなかった上に、何故かそのような女の子からモテた。女の子が絡まれている所に遭遇して助けたら大抵そういったタイプの子たちだったのもある。気弱そうとか声を挙げられなそうな子を選ぶ不届き者は、勿論しっかりと成敗したよ。目の保養になるし良い子たちばかりだった。とにかく、そういった理由で可愛い女の子には成れず、けれども可愛い女の子に好かれる現状に置かれた私は、開き直って可愛い女の子たちを愛でることにしたのだ。
この可愛い女の子には一家言ある私が、今迄の経験を元にあの双子を心身共に美少女へと変えてみせようではないか!
隠し切れない胸を熱さを抑えながら振り返ると、継母様とジョセフさんがこちらを見ながらボソボソと喋っていた。
「・・・ジョセフ。あの子なんなの・・・?」
「・・・あの、信じ難いかもしれませんが、エラお嬢様は本気で仰っているようです。」
「・・・この間から本当なんなの。相手は私たちよ?頭でも打ったのかしら?」
「打ってはいない筈なんですが・・・。」
「まるきり別人じゃない。」
「ご本人ではいらっしゃるのですが、記おー・・・いえ、少し思うところがあったというか、吹っ切れたと言いますか。。とにかくエラお嬢様ご本人で間違いないのです。」
「・・・・・・。」
よくは聞こえないが、褒められている気はあまりしないような気がする。何だか分からないが、2人揃ってそんな珍獣を見る目で見ないで欲しい。
視線に気付いたクローディア夫人が、コホンと咳払いをしてから意を決したように話しかけてくる。
「・・・あ、アナタ、本当に私の娘たちをお嫁に出す気なの?どういうつもり?」
「どう、って・・・そのままの意味ですけど?」
「・・・。」
「あのー?」
「何か裏があるんでしょう?」
「え、裏?裏って?」
「騙されなくてよ。そう言って私たちを体良く売り飛ばす気でしょう?」
「何を言ってるんです馬鹿馬鹿しい。」
「なっ?!」
「先日お話ししたでしょう。そんな事をしている暇なんてないんですよ。正直今すぐ頷いてもらって計画を練っていきたいところなんですよ。」
「わ、私たちはアナタを虐めていたのよ?」
「あぁ、なるほど?」
なんだかやたらと食い下がってくるなぁと思っていたら、そういう事ね。今迄苛めてた奴が権力を持ったから苛め返されると思っているわけね。なるほどなるほど。
一応、人として借家人として初日にケジメをつけた。舐めくさっていた彼女達に一泡吹かせ、エラちゃんの相続権をほぼ取り戻した。しかし薄情なようだが私にそれ以上彼女たちに対する恨みはない。苛められていたのはエラちゃんの話で私ではないので、当事者でない私が勝手にそれ以上の制裁を行うのは違うと思ったからである。恨みのない相手に力を振るうのはただの暴力。それは私の主義に反するし、私に武道を教えてくれた師の顔に泥を塗ることになる。
決して良い事をしてきたとは言えない人たちだが、ただそれだけである。今彼女たちを叩きなおしているのは、あくまで私が不快に思ったから。そこにエラちゃんの分の私怨は込められていない。
そんな事より目の前にある危機の方が問題である。この問題が解決しないと未来が無いのだから。
「で、私が貴女方に虐め返したとして、何か私に利があるんですか?」
「え・・・」
「それともまさか虐めて欲しいんですか?え、それはちょっと・・・」
「ち、違うわよ!!」
「流石にそれが本当だと言われたらフォローしづらいので良かったです。私にそういう趣味はないので。」
「私にだってないわよ!!」
「奥様、冷めてしまいましたので新しいお茶をどうぞ。エラ様も冗談はもう少し軽めのものになさいませ。」
「場が和むかと思ったんですがね。」
「冗談・・・は、もうちょっとマシなものにして頂戴!」
ジョセフさんが苦笑いしながら私とクローディア夫人へお茶を渡す。私は新しいお茶を飲みながら肩を竦めた。
「では、真面目な話をしましょうか。」
ついに継母様と対決?だよ。
名前はクローディア。彼女との話し合いの結果は如何に?つづく。