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おとぎ話のような日々をあなたと  作者: 吉里 ユウ
とある灰かぶりと腹ペコ魔法使い
15/15

年の瀬に願うことは… その4

早いものでもう今年もあと3か月と少しですね。

今年の年末年始は落ち着いて過ごしたいですねぇ。


開いた扉の向こうには1人の青年。

珍しくもない鳶色の髪と目で、歳は結構若い気がする。西洋の顔立ちは年齢を判別しづらいが、10代後半から20代前半くらいだろうか。ひょろりと長い身長は180近くはありそうだ。

一見、その辺にいる普通の青年に見える。


「あ・・・!」


青年の目が私達を見て驚いたように見開かれる。


「よかった!人がいたっスー!!廃屋みたいだったからどうしようかと・・・あっ、あの!ここってサンドラ子爵様のお宅であってるっスか?!」

「・・・廃、屋。」

「・・・。」


ショックで固まるクローディア夫人とジョセフさん。

確かに失礼な発言ではあるものの、まあ確かにこの青年が言った事もわかる。庭の草は伸び放題だし、軒下などの手が届かない所は蜘蛛の巣張っている。5人しかいない為、人気の無い廃屋に見えなくもない。

とはいえ、住んでいる身としてはショックだったのだろう。というか、貴族としての自分が廃屋に(見える所に)住んでるという事実に驚いたのかもしれない。人間慣れがあるから、徐々に荒れていってる事に意外と気づかないものだよね。ほら、掃除したら色が変わって「元の色コレ?!こんなに汚れてたんだ?!」って驚くみたいな。


薄々感じてはいたが、忙しさで後回しにしてしまっていた庭師や掃除人を雇う事も検討に入れなければならないかもしれない。自分でやるには体も小さいし屋敷も大きいし限界がある。やりくりキツイなぁ。お安めで優れた人材、その辺にいないかなぁ。


おっといけない。今は目の前の問題だった。私は遠くを見つめてしまっていた焦点を手前の青年に戻した。


「あー・・・こほん。ええ、我が家は確かにサンドラ子爵家ですよ。私が当主のエリアーシュ・サンドラです。ところで、我が家にどういった用向きで?」


固まってしまった2人に代わり私が声を挙げると、青年は喜びと安堵と焦燥が混ぜこぜになった表情で身を乗り出してきた。ジョセフさんが我に返り、私に突進しそうな青年をやんわりと押し留めてくれる。突進されても床に倒す自信はあるが、その優しさが嬉しい。

青年は制されてそれ以上こちらに来る事は叶わずと思ったのか、その場で叫んだ。


「あああの!どうか、お宅のお嬢様とウチを助けてくださいぃぃぃ!!」

「「「・・・・・・・・・は?」」」


そしてそのまま近くにいたジョセフさんの手を握って泣き出してしまったのである。

ええぇー・・・



♢♢♢♢♢♢



「すみません・・・。オレ、フェジウィッグ商会のロイって言います・・・。」


場所を変えて応接室。

青年、改めロイ青年は温かいお茶を出して、ジョセフさんが根気強く宥めて、ようやく落ち着きを取り戻した。まだ赤い目と鼻で、ポツポツと喋り出した。


「フェジウィッグ商会」の名前を私は帳簿で見た記憶がない。一応ジョセフさんとクローディア夫人にも視線で問いかけてみるが、2人とも覚えが無いようだ。取引のない商会がこのタイミングで義姉たちの事で話とか、嫌な予感しかしない。

帰ってもらっちゃ駄目かな・・・駄目だろうな。


「ウチは10人にもいかない小さいながら、旦那さんと奥さんがとても良い人で、まあたまにそれで困った事にもなるんですけど、良い所でした。けど、旦那さんと奥さんが亡くなって、マシュー様、今の旦那さんが後を継いだんス。先代旦那さんの頃からの知り合いに助けられて切り盛りしてたんですが、ある日他所の商会のお使いの人に街中でぶつかってしまって商品を弁償する事になってしまったんス。それがとてもとても高額で、ウチみたいな小さい商会ではとても払えなくて・・・」

「それはそれは。とても大変でしたね。ええと、それとウチの義姉達にどのような関係が?・・・はっ、まさかその事故のキッカケが義姉達ですか?!」


そうだとしたら話は変わってくる。損害賠償を請求されるのだろうか。飛び出しでもしたのだろうか。この世界の道路交通法どうなってるの?!誰か警察よんでー!!


「あっ、いえ!違うんです。事故は一月程前のことなんス。」


思わず真っ青になって立ち上がりかける私にロイ青年は慌てて手を振る。良かった。違うらしい。そうだよね。事故の損害賠償なら強気なあの手紙はおかしいものね。・・・うーん?いやわからん。


「あの!そちらにウチの娘達がいるのよね?」

「あ、ハイ。いや、あのいるにはいるんスけど・・・。」

「あぁ、よかった・・・。」


痺れを切らしたクローディア夫人がロイ青年に問いかけると、何とも歯切れの悪い返事が。でもひとまず義姉たちはロイ青年の商会にいるらしい。クローディア夫人が安堵でくずおれそうになるのをジョセフさんが慌てて支える。

だが、安心するのはまだ早い。保護しているのならば一緒に連れてくれば済む話である。何故連れてこないのか。それは連れてくる事の出来ない理由があるからに他ならない。

・・・聞かないといけないよね。そうだよね。あぁ、嫌だなぁ。コレ聞いたらもう後戻りできないよね。でも、無視するわけにもいかないよね・・・。


「・・・今この場には義姉達を連れていないようですが、何か問題でも?」

「そ、その件でお話が!というかウチも助けて欲しいというか・・・あの、コレなんですけど・・・」


嫌々渋々問いかけてみると、ロイ青年は物凄い食いつきを見せてきた。わたわたとポケットを探り、一枚の紙を取り出してくる。そこにはビッシリと文字が書き込まれており、下方にミミズののたくったような字で義姉たちのサインがある。

・・・なるほど。置き手紙の時も思ったが、彼女たちには文字の練習も必要なようだ。


「・・・・・・ふむふむ。」


ざっと内容を要約すると「フェジウィッグ商会はネーア・サンドラとマイア・サンドラに家と爵位を担保にお金を貸しました。払えなかった場合はサンドラ家全てを商会のものとします。」というとんでもない内容の契約書だった。


「・・・・・・・・・。」


最後まで読んでないんだろうなー、絶対。「サンドラ家全てを商会のものとする」って、それに自分や母親や私が含まれてるって気づいてないんだろうなー。

だって世間知らずのお嬢さんだしねぇ。

しょうがないよなー、家ごと売られる事になってもー・・・


「ーーなんって事が、あるかぁぁあ!!」

「あっ、ちょっ・・・」


苛立ちのあまり、書類に正拳突きをしてしまった。


「反省をっ!しないどころかっ!あまつさえ!負債っ!だとぉぉ!!このっ!くぬっ!!」


更に空を舞う契約書に拳を叩き込み、床にかかと落としで縫い付けた後更に踏んでしまった。ロイ青年の慌てた声が聞こえたが、ちょっとしか破れてないし、読めるからまあいいだろう。どうせ予備というか、対の契約書が商会にあるだろうし。

床に叩きつけた書類をジョセフさんが慣れた手つきで拾い上げ、埃を払ってからクローディア夫人へ手渡す。クローディ夫人も特に驚きもせずソレを受け取って読み始めるのをみて、ロイ青年が「え?あれ?オレの反応がおかしいんスか・・・?」と若干引いていたが我が家はソレどころではない。


「エ、エラ・・・」


受け取った書類を読むクローディア夫人の顔がみるみる蒼ざめていく。


「私は、サンドラ家の名前での買い物を許した覚えはありませんが?はじめにこうなった場合は関与しないともお伝えしましたよね?」

「そっ、そうだけど・・・」

「エ、エラ様、それはあまりにも・・・」

「あまりにも、何です?ジョセフ。私はこれでもかなり譲歩した提案をしていたつもりです。はじめの段階で適当に嫁がせるなり、修道院にブチ込むなり出来たんです。ですがその与えたチャンスを無碍にしたのは彼女達です。何処に情状酌量の余地がありますか?」

「あの子達はまだ子供なのよ?!」

「分別がつけられる年頃でないとは言わせませんよ?子供で済ませるには歳が行き過ぎています。彼女達が子供だというのならば、大人にならずとも良いと育てたのはクローディア様では?」

「っ?!」

「エラ様。ネーア様たちにも悪気が・・・」

「悪気がなければ何をしても許されるなんて事はありません。それにサンドラ家がなくなって困るのは彼女たちだけではありません。私には当主としてサンドラ家とその一員であるジョセフとクローディア様を守る義務があります。サンドラ家に害を及ぼすものは許容できません。」

「・・・。」

「ネーア、マイア・・・。」

「えっ?ちょっ・・・」


私の言葉にジョセフさんは黙り、クローディア夫人はさめざめと泣き出してしまった。その状況に慌てたのはロイ青年。


「え?え?こちらのお嬢様だったんじゃないんスか?!」

「我が家の問題です。部外者は少し静かにしていてもらえますか。」

「いやあのオレ、関係者・・・お金・・・」


静かになってしまった玄関ホールに、クローディア夫人のすすり泣く声だけが響く。ジョセフさんはクローディア夫人になんと声をかけたものかオロオロとし、ロイ青年は訳が分からず置いてきぼりにされている。ロイ青年?そうだ、彼にも聞かなきゃいけないことがあった。


「フェジウィッグ商会のロイさんでしたか?」

「ひえっ・・・は、はいっス!!」


呼び掛けた途端直立不動で返事をされた。なに?まあいいけど。


「あの契約書はなんです?貴方の話から聞く人の良い先代と現旦那さんが書く内容だとは思えませんが?」

「いやあの、アレウチじゃなくてさっき言った弁償先の商会の人が書いたんス。払えないなら払える奴から取ればいいとかなんとか。お嬢さんも街で出会って連れてきたって・・・。」


思わず天井を仰いでしまった。

手口が手慣れている気がする。これはタチの悪い当たり屋という奴だろうか。万が一はフェジウィッグ商会を尻尾切りして逃げるのかもしれない。もしかしたらロイ青年の商会が壊したという商品も元から壊れていた可能性もあるね。もしくは安価な商品をそうだと言って割ったのか。もう、今となっては確かめようの無い事でどうしようもないが。


「え、あの・・・は、払えます、よね?あ、あの、支払い期限が今日で・・・」


黙り込む私にロイ青年が不安そうに問いかける。

義姉は我が家にいくらあるなんて知らないからあれだけ強気な置き手紙をしていったのだろうが・・・


「・・・金額によります。」

「え、え?貴族様なのにお金払えないんスか?!」

「貴族もピンキリですよ。ウチ、使用人この人ぐらいしかいない借金持ちの貧乏貴族ですけど?」

「ええぇぇええ?!!」


ロイ青年が素っ頓狂な悲鳴をあげる。

何も知らない庶民からしたら、良い服を着て豪華なご飯を食べ、屋敷で人に仕えられている貴族ってのはみんなお金持ちだと思っても無理はないのかもしれない。高位貴族や領地の豊かな貴族はともかくとして、大半の貴族は我が家ほどではないとはいえ締める所は締めているからこその生活なのだが、今彼にそれを言っても分からないだろう。


「ちなみにご飯は毎日野菜の切れっ端と豆のスープです」と現実を突きつけるとロイさんは悲壮な顔で泣き出してしまった。

玄関ホールに響く嗚咽が2つに増えた。



シクシクシクシク・・・

グスッ・・・・・・グスッ・・・



なんだろうこの状況。ちょっと小娘一人には許容限界じゃない?

ジョセフさんもどうしたものかと困り顔でこちらを見てくる。わたしが聞きたいよ。



シクシクシクシク・・・

グスッ・・・・・・グスッ・・・

・・・・・。



シクシクシクシク・・・

グスッ・・・・・・グスッ・・・

・・・・・・・・・・・。



シクシクシクシク・・・

グスッ・・・・・・グスッ・・・

・・・・・・・・・・・・・・・。



ああああぁぁぁ!!もう!!



「わかった!わかりましたよ!!」


私が耐えかねて声を上げると、泣きぬれた二対の瞳がこちらを向く。うっ、なんかこんなの見たことある。アレだ。小型犬のCMだ。哀愁漂うあの手のものは良心が痛いので本当に苦手だ。


「フェジウィッグ商会のロイさん!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「わかりました。お支払いしましょう。愚姉の引き取りもありますしね。」

「ほ、ホントでー「ただし!!」


パアァァと音が付きそうなほど顔を輝かせたロイ青年にびしりと指を立てて釘を刺す。


「ただし、これから私が出向いて責任者の方とお話をさせて頂きます。愚姉の引き取りは行いますが、そちらの商会までは責任はもてません。よろしいですね?」

「は、はい!お願いします!!やったー!!」


とびはねるロイさんを横目に、今度はクローディア夫人に向き直る。瞳が期待と不安で揺れている。だからその目はホントやめてほしい。


「クローディア様。お聞きになったように私はこれから義姉様たちを迎えにいってきます。万が一危ない交渉である可能性を踏まえて、私とジョセフで行ってきます。クローディア様は戸締りをして、家から出ずにお待ちください。」

「で、でもさっきは・・・」

「反省して欲しかっただけで、別に迎えに行かないとは一言も言っていませんよ。ジョセフ、フェジウィッグ商会へ出かける支度をお願いします。」

「かしこまりました。」

「あ・・・」


クローディア夫人は何かを言いかけるが、もごもごと口ごもっている。


「?この件であなた方を追い出したりはしませんよ。然るべき罰を受けてはもらいますが。追い出すならもっと前にやってます。今更です。ただ、今回義姉様達が引き起こした事態、私が言った事については良く考えて下さい。流石に次はありません。」

「あの・・・その・・・え、ええ・・・。」


身の振り方が心配なのかなと思ったが、違うらしい。視線を合わせては言い淀んでまた視線をさ迷わせるのを繰り返している。自信家のクローディア夫人には珍しい姿だ。しかし、彼女が何かを口にする前にジョセフさんが年季の入った革の鞄を抱えて戻って来た。クローディア夫人が何かを言いたそうなのは分かるが、残念ながら待ってあげる程の時間がない。

ジョセフさんが一緒に持ってきてくれた外套を身に着けながらクローディア夫人に向き直る。


「いいですね、決して家からお出にならないよう。ジョセフ行きましょう。」


物言いたげな視線を振り切って玄関扉を潜る。


「・・・・・・・・・あの子たちをお願い・・・。」


ぽつりと聞こえた声に振り向けば、クローディア夫人が涙を堪えてこちらを見ていた。その姿に母親を感じて、苛立ちではない何とも形容し難い気持ちが湧き上がる。


「ええ、元よりそのつもりですよ。」


そのもやもやに気づかないフリをして、私は歩き出す。玄関から出るとまだ冬の名残が身に染みて私は外套の襟をかき合わせた。


シンデレラってこんなハードモードだったっけ?



家出した義姉たちが借金こさえてきたよ!

しかも悪徳商会がかかわっているっぽい。

義姉たちのお迎えに行くことになったが、果たして無事に戻れるのか。

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