年の瀬に願うことは… その3
晩夏を惜しんでいるうちに、朝晩にはもう秋の気配がありますね。
冷え込んできましたので皆様ご自愛くださいませ。
「・・・あの子たちいったい何処へ行ったのかしら・・・」
「・・・。」
クローディア夫人はポツリと呟いて、糸を鋏で切った。
穴の空いた2階の客間のカーテンが繕われた。糸の始末も完璧だ。私は何も言えず、繕い物の出来を確認してから丁寧に処理済みのカゴに入れた。
義姉達の失踪騒動から3時間弱。時刻は午後6時過ぎ。窓の外を見れば、空の端に夕陽の名残りがあるものの、辺りはすっかり暗くなってしまった。
正直なところ、暗くなる前に不貞腐れて戻ってくるのではと思っていたが読みが外れてしまった。
私は短い蝋燭の芯に火を灯してテーブルに置いた。
明かりに照らされた室内に、眩しさに目を眇めた私とクローディア夫人が浮かび上がる。不安からかクローディア夫人はあれからずっと此処にいたのである。1人になると色々不安なのだろう。私は本日の勉強を諦め、明日の仕込みや薪の補充などをしなごらクローディア夫人の様子を見守っていた。何かしていたら少し落ち着くんじゃないかと思い差し出した豆は筋が取られてザル3つ分盛られ、繕い物も山と積まれている。勿論きちんと畳まれて、な。
私より仕事が綺麗で早い・・・!
しかし、座っているそれが布張りのソファーでなく、使用人用の木のベンチだと気付いてない辺り、彼女の動揺が窺える。
「ただいま戻りました。」
屋敷の戸締りを確認しに行ってくれたジョセフさんも戻って来た。私は机の上の豆と布の山を退けてジョセフさんの席を作った。
「いざという時に私達が動けなければ意味がありません。
ひとまず今は食べて下さい。」
私は温め直したスープとパンをクローディア夫人とジョセフさんの前に置いて言った。2人は暫く逡巡してからもそもそと手をつけはじめた。
「食べながらですみません。行儀作法はひとまず置いておいて、今は情報を整理しましょう。お義姉様達の交友関係はご存知ですか?」
「・・・私の知る限りはいないわ。私の事もあって、あまり貴族社会に馴染めてなかったみたい。エスターも私も嫌ならいいわって・・・あまり茶会も勧めなかったわ。」
クローディア夫人に聞いた限り、義姉達に友達と呼べる令嬢はいるかどうかは分からないし、このような状況で手を貸すような令嬢がいるかどうかはもっと分からない、との事。
まあ、親に一から十まで毎日の事を報告するような歳でもなし、この件に関してはクローディア夫人が把握してなくてもしょうがない。
生い立ちからあまり貴族社会に馴染めてはいなかったようだ。その事もあり、クローディア夫人も父も甘やかして育ててしまったのかもしれない。
「手紙などをやり取りするような親交のある方は?」
「手紙は私めが管理させて頂いております。ネーアお嬢様とマイアお嬢様への郵便物でしたら茶会への招待状が年に何通か。ですが、旦那様が亡くなられてからしばらくするとそれも届かなくなりました。個人的なお手紙などは・・・。」
こちらはジョセフさんが答えてくれた。義姉たちへの手紙や茶会などの招待状が届く事は稀で、それが家が傾きかけてから徐々に減り、私がブートキャンプを開始する頃にはもう何も届かなくなっていたそうな。個人的な手紙に至っては見たことが無いそうな。郵便物は一度ジョセフさんの元に集められてから振り分けられるので、彼が言うのであればそうなのだろう。
「うーん、私たちが把握していない知り合いの可能性もありますが、交友関係の線は薄そうですね・・・。」
誘拐の線も考えたが、わざわざウチ(子爵)じゃなくてもっと位の高い家を狙うんじゃないかな。我が家が傾きかけているのを知らずとも、ほぼ無人、ギリ廃墟未満の屋敷を覗いてそこの令嬢を攫って身代金を要求しようなんて思わないだろう。そもそも私が悪党だったら事前調査を怠るとは思えない。
となると狙いは義姉達本人という事になるが、それこそ狙う理由がない。貶めるつもりは無いが、詩に歌われるような美姫という訳でもない。失礼を承知で言わせてもらえば運ぶにも重い。何より2人も拐うとなると目立つ。どうしても誘拐してお金を脅し取り合いなら1人で十分な筈では?そもそも身代金の要求もきていない。
うーん・・・では、やはり彼女達が自ら何らかの方法で出かけたと見るのが無難だろうか。出先で何かトラブルを起こして帰れなくなったと見るべきか。
今更ながらに事件性があったらどうしようと不安が押し寄せる。一応彼女達もうら若い貴族のお嬢さんである。苛立ちもあったとはいえ、昼のうちにもっと探しておくべきだったかもしれない。いやでも正直な話、手がかりもなく街を彷徨うのも難しい。忘れがちだが此処は王都。人を探すには不向きな、かなり大きな街なのだ。
・・・肉のスープは楽しみにしていたはずなのに、なんだかとても味気ない。はぁ。
八方手詰まりになってしまい、3人でため息を吐いてしまった時、玄関から忙しないノッカーの音と男性の声が響いてきた。
「ジョセフさ、ジョセフ。こんな時間に来客の予定はありましたか?」
「いいえ、ございません。」
「ですよね。家を間違えたんですかね。」
玄関に向かいながら念の為確認するも、やはり心当たりはない。ジョセフさんも首を捻っている。私が来てからサンドラ家に用のあるお客様というものは、とんと見た事がない。一見廃屋にしか見えない我が家は一応貴族街の端っこにあるので度胸試しの悪戯小僧も来ない。
「すみませーん!こちらはサンドラ子爵様のお屋敷ですかー?どなたかいませんかー!!・・・弱ったなぁ。」
再び聞こえてきた声に思わず顔を見合わせる。若い男性のようだが、どうやら彼の目的地は我が家で間違いないようだ。
このタイミングでの来客。なんだか義姉達の失踪と無関係では無い気がする。
「とりあえず出てみましょうか。ジョセフさんは下がってて下さい。」
「いけません、エラ様。」
「いえ、私が・・・」
「エラ様。」
ドアを開けようとしたらジョセフさんから止められてしまった。私はジョセフさんをこそ守りたいのだが、譲ってくれそうもない。仕方なく玄関ホールの中程まで下がる。
我が家の玄関はそこそこ広いホールの突き当たりに待ち合い用にか何か知らないが、大きなカウチと花瓶がある。私は空の花瓶の裏からステッキを取り出した。何故今は誰も使わなくなったステッキがここにあるのかというと、これは玄関にあっても不思議じゃない常設武器、おっと護身具だからである。父の形見を捨てられなかったと言えば置いてあっても不自然ではないだろう。多分。それを2、3度振って手に馴染ませてからジョセフさんに頷く。
それを見て、ジョセフさんがドアノブに手をかけた。
ゆっくりとドアが開かれる。
さて、鬼がでるか、蛇がでるか。
あらすじ。
夜になっても義姉達は帰って来なかったよ。
打つ手もなくて落ち込むエラ達。
そこへ突然の訪問者。
果たして手がかりとなるのか。