年の瀬に願う事は… その2
しばらく体調を崩してお休みしておりました。
違うよ!例のアレじゃないよ!持病です。
とはいえガッツリ時間が空いてしまって申し訳ないやら一年が早すぎて驚くやら。
ぼちぼち活動再開して行きたいと思ってます。
お暇つぶしにどうぞ…
食堂のバイトを終えて戻った私は、上機嫌で貰った端肉ーー既に細かめなそれらーーを更に削ぎ切り、お湯で洗ってからスープに放り込んでいた。
臭み消しと香り付けにローリエかオレガノでも入れたかったが、摘もうにも今は冬。乾燥物もこの家には置いてないようだ。庭師もコックもいないしそもそも無いかも。しょんぼり。一応焼いた野菜屑も入れたしなんとかなるだろう。
フレンチだったかの手法には卵白で臭みを取る方法もあるが、手間だし何より卵を捨てる為に使う余裕は我が家には無い。そんな事するなら卵かけご飯にして食べたい!!衛生的にも調味料的にも無理なのでしないけど!!・・・産んだすぐの卵ならいけるかな?醤油、は難しいけど塩なら!日本人のソウルフードTKG!・・・あぁ、ホームご飯シックだ。
家庭菜園と養鶏も春からのやる事に追加しなきゃなぁと頭の片隅にメモをする。
しかし養鶏とは簡単にできるものなのだろうか。生き物を飼うのは流石に難しいかな。お祖父様の貴族嫌いのおかげでこの家は郊外にあるとはいえ、匂いや騒音問題もあるしすぐには難しいだろう。そもそも鶏小屋やご飯代などの目処が立たない内は難しいよね。途中で面倒見きれなくなって見捨てるとか絶対にあってはならないからね。というか、命を「捨てる」って表現なんだよ。まったく、行為も言葉も嫌いだわ。捨てられていた権三を思い出して、思わず苛立ってしまう。ハスキーは大きいし懐かないので飼うのが大変だと聞く。しかしだからと言って途中で見放してよい理由には決してならんよねぇ!!まあ、ウチの子は立派な忠犬に育ったのだがね!!ふん!!
おっと、脱線してしまった。いかんいかん。
気を取り直して鍋を覗けば、良い香りが立ち昇ってくる。うん、これは今日の夕飯が楽しみである。
嬉しくなって調子外れの鼻歌を歌っていると、
「エラ!アナタ、ネーアと、マイアを見てないかしら?!」
「は・・・はい?」
クローディア夫人が台所に駆け込んできた。
彼女に返事をしようとして、私が目を瞬かせたのは致し方無いと思う。
いつも綺麗に櫛通しされている髪は行く筋もほつれ、息の上がった肩からはショールが落ちかけている。余程慌てていたのか、ドレスの裾が捲れ上がっているのすら気付かないなんて、いつも身綺麗にしている彼女にしてはとても珍しい。
「・・・義姉様達ですか?そういえば今日は朝にメニューを渡したきりですね。」
驚きは一先ず飲み込んで記憶を思い起こしてみると、確かに今日は朝しか姿を見ていない。
最近は義姉達は真面目にメニュー消化に取り組んでいるようなので、メニューだけ渡して後は自主性に任せているのだ。私も勉強したり、街に出たり、クローディア夫人と領地の事を話したりと忙しかったからね。
私が帰ってきたのが午後2時半頃なので、今は3時過ぎたくらいだろうか。今日のバイトはランチのヘルプだったので、上がりが早いのだ。というか、この身体で夜ご飯時のバイトは正直難しい。偏見もあるが、大衆ご飯処の夜は多少治安が悪いと聞く。尻でも触られた日には確実にやり返してしまう自信がある。いや、自信しかない。そうなればハンナさんに多大なる迷惑をかけてしまう事だろう。私も夜は勉強や義姉達の進捗確認など家でやる事もあるし、現状バイトは昼過ぎまでに限られるのである。
話が逸れてしまったが、今は3時過ぎ。となれば、義姉達は絶賛トレーニング中の筈である。
「今の時間ならダイエットメニュー消化の時間なので、裏庭にいるのでは?」
「奥様っ、裏庭も、いらっしゃいませんでした・・・!」
少し遅れてジョセフさんも息を切らしながらやって来た。ジョセフさんまで走ってくるとは珍しい。思わず空模様を確認してしまった。今は晴天のようだけど、洗濯物を早めに取り込んでおいた方がいいだろうか。
ひとまずジョセフさんとクローディア夫人に落ち着かせる為に、手近な木の椀に水を入れて差し出した。2人は容器に少し躊躇いを見せたものの、喉の渇きを優先したのか大人しく飲み始めた。
で、聞き捨てならないんだけど、今の時間裏庭にいないって?
「サボっているとしたら後で話し合いが必要ですが、自室か衣装室では?」
「もう!そんなの家中とっくに探したわよ!」
クローディア夫人の言葉に嫌ぁな予感がじわりと胸に広がる。私は家中を確認する為に、一旦鍋を火から下ろして家の中を見て回る事にした。
♢♢♢♢♢
「・・・いませんね。本当に。」
客間、応接室、今は使われてない使用人の部屋、物置、双子の部屋、衣裳部屋・・・
手近な部屋から扉を開けて行ったが、屋敷を二巡しても義姉達の姿は見えなかった。一応トイレとお風呂もノックしてから開けてみたが、人の気配はなかった。
「エラ様、このようなものが・・・。」
代わりにジョセフさんが玄関扉に挟むように置かれていた書き置きを発見した。
親愛なるお母様へ
あんなトレーニング?とか乱暴なこと、
なんでわたしたちがしなきゃいけないのかしら!
バカバカしいったらないわ!
絶対灰かぶりの嫌がらせよ!
あいついったいどうしちゃったの?
アタマおかしいわよ?!
こんな生活もうイヤだからわたしたち出て行くわ!
心配しないで。ちゃんとアテはあるの。
でも、お母様がどうしてもっていうなら戻ってもいいわ。
ただし、灰かぶりが頭を下げて謝るなら、
あの子がちゃんと自分の仕事を思い出してくれたなら、ね。
そうしたらちょっとぐらい考えてあげてもいいわ。
ざっと要約するとそんな内容だと思う。多分。いや、字が汚すぎて所々読めなかったんだ。読み慣れていない文字というのもあるけど、初めは読む向きを間違えてるのかと思ったわ。
「ちょっと何言ってるのか分からないですね。」
「ちょっと!いきなり匙を投げるのは止めてちょうだい!」
私が笑顔で握り潰して捨てた手紙をクローディア夫人が慌てて拾い上げた。
「あの子達、トレーニングが嫌で・・・」
「あの訓練内容は彼女達に必要なものでした。それは皆で意識の擦り合わせをした筈で・・・あ、肝心の彼女達に目的を言うのを忘れてましたね。」
「ちょっと?!」
「いや、私から言っても説得力ないからクローディア夫人に泣きついて来た時に言ってもらおうかなって考えてたんですけど、色々あって忘れてました。ははっ。」
そりゃ、意味不明に毎日しごかれてれば嫌気もさすかも?まあ、半分は罰というか躾というか、性格矯正の意味もあったんだけどな。置き手紙を見る限り、これまでの行動を反省している様子はない。自分を全く疑わないその精神の強さは本当凄いと思う。その強い感情の向きを間違えてなければなー。
「ジョセフ!馬車を呼んで頂戴!」
「ちょっとクローディア様、場所もわからないのに何処に行くつもりですか?!」
「し、知らないわよ!でも片端から知り合いを尋ねれば・・・」
「私が参ります!参りますから!」
クローディア夫人が当てもなく暴走しそうになったのでジョセフさんと2人で慌てて止める。
「・・・少なくともアテはあると書かれていますし、私達が知っている人にしても知らない人にしても、何処かのお宅に身を寄せているのではないでしょうか?ひとまず野宿などの心配はいらないのでは?」
「でも・・・」
「ひとまず心当たりを書き出して下さい。私とジョセフで確認してきます。クローディア様は入れ違いにならないよう留守番をお願いしますね。」
こんだけ書き捨てていくなら無策って事もないだろう、多分。居候先に迷惑をかけてないといいんだけど。
とはいえウチは傾きかけの弱小貴族。そもそも知り合いなど両手で数えられる程しかない。尚且つ義姉達が迷惑をかけても匿ってくれるような知り合いには心当たりがない。しかも今は社交のオフシーズン。貴族街に残っているのは王宮勤めなどの仕事や個人的な理由のある一部だけである。
案の定行った先は心当たりが無いか、当主は留守であるかのどちらかだった。
3人で話し合った結果、とりあえず様子をみることに。
小さい子供でもなし、夕飯前には帰ってくるだろう。もしかしたら何処かで寝こけていて、ひょっこり顔を出すかもしれない。
しかし日が暮れだしても義姉たちは帰って来なかった。
義姉達大脱走。