プロローグ
以前短編を読んでくださった方はお久しぶりです。
そうでない方ははじめまして。
『とある国の灰かぶり』の連載版です。初めの頃は短編版に肉付けしたような感じになります。
少しでも楽しんで頂けると幸いです。
ナルセム王国の王都。
白亜の王城を構える豊かな王都の貴族街、その片隅にその子爵家はあった。
四季折々の花が咲く広い庭と少し古いが趣きある佇まいの屋敷。
その庭に今、怒号と悲鳴が響き渡っていた。
「外周3週!!その後にトレーニング5セット!!返事は?!!」
「「は、はぃぃぃぃっ!!!」」
ふくよかな身体をドレスに押し込んだ少女二人が、声に追い立てられて泣きながら走っていく。
その後を追いかけるのは、1人の少女。
陶器のように滑らかな肌に宝石のように澄んだ瞳。陽光を反射してキラキラと輝く髪は上質な絹糸のよう。妖精のように儚く美しい見た目の少女である。
「遅ェっ!!やる気あんのか?!あぁ?!15分以内に終わらなかったらもう1セット追加!!グズグズするなあああ!!!!」
「「はひぃぃいいヤァァァ!!!」」
その顔が憤怒の鬼神のようでなく、
口から怒号が飛び出さず、
手に竹刀のような棒を持っていなければ、の話であるが。
その鬼軍曹のような妖精少女が私、エラ・サンドラ。14歳。
本名は砂土英梨。
平日は残業残業残業、休日はごろ寝をして過ごす。
日本に生まれた、何処にでもいる普通の27歳の社会人だった。
それが何故このような事になっているのか、事の起こりは半年程前に遡る。
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――あ、これは死んだな。
眩しさの向こうに大型トラックの影が見える。
避けようにも、今しがた人を一人突き飛ばした反動で体が硬直しているので無理だった。
迫り来るヘッドライトに、頭の中を大量の情報が流れる。
兄にくっついて武道を始めた幼い日のこと。
初めて彼氏が出来て舞い上がったこと。
デート中に痴漢に遭っている女の子を見つけたので、痴れ者をボコボコに撃退したら彼氏が彼氏から知り合いにクラスチェンジしたこと。
次の彼氏は反省を踏まえていい感じだったのに、従兄弟から武道バレされてやはりいなくなったこと。(従兄弟はその後フルボッコ。)
その次の彼氏とのデート中、今度は自分が痴漢に遭った。前回と前々回の反省を踏まえ、女子力を活かして鞄でボッコにした。悲鳴をあげた上で「怖くて無我夢中で…」とか弱い女の子を演じておいたのに、彼はいなくなった。何故だ。
次の彼氏はデート中、兄貴をはじめとする道場の人達と遭遇。強面のおじさん、お兄さん方に囲まれて小型犬のように震えていた。その後徐々に疎遠に。廊下ですれ違う度に悲鳴を上げられる程怯えさせたつもりはないのだが・・・解せない。勿論その後、強面の皆様と兄貴には八つ当たりさせて頂いた。
そんな事が続いて噂が回ってしまい、誰もお付き合いしてくれなくなった苦難の学生時代。
社会人になってからも似たようなものだった。
痴漢に遭っている若い男の子(確かに線の細い可愛い子だった)を助けたら会社の後輩で、「兄貴」と懐かれたが何か違うと思ったこと。
武道を嗜んでいた事が会社で広まり、忘年会には板割りをさせられるのが定番になった事。ついたあだ名が『鉄の拳』。せめて冷徹だけど知的に聞こえる『鉄の女』にしろよ!なんだよ拳って。格ゲーかよ。
そしてそのまま27歳まで来てしまって焦っていること。
その愚痴を肴に先週リア充の友達に絡み酒をしたばかりなこと。
等々、人生のあれやこれやを思い出しながら、これが走馬灯かと思わず感心してしまった。
目の端には、驚いた顔で座り込んでいる少年が一人。
突き飛ばしたから擦り傷や打撲の一つや二つはしているだろうが、トラックに轢かれるよりはマシだろう。塾帰りなのか、少年の持っていた鞄からは数冊の参考書が飛び出している。
子供なのに、こんな夜も遅い時間に全くお疲れ様なことだ。
しかし少年、歩きスマホはいかんよ。
トラックが信号無視していたとはいえ、顔を上げていたら目視出来たろうに。私が決めてやった事だから責任をとれとか言わないけどさ。
まあ、無事で何よりだよ。
横目でへたり込んでいる少年を確認した直後、体を物凄い衝撃が襲って私は意識を失った。
――せめて死ぬ前にリア充したかった・・・。
歩きスマホ、良くない。