見知らぬ空間、違える器
ーひたすら眩しさを感じて意識が覚醒した。
微睡みが心地よく、名残惜しかった。だが、あまりの眩しさにその心地よい余韻はすうっと遠ざかっていき意識が浮上していく。どうしたらこんなに眩しいのだろう。真夏の日のように強くて刺すようでありながら、日が昇ったばかりの時のように透明度のある光だ。暑さを一切感じさせない。質量がない、無機質というべきか。現実味のない光だった。光は一瞬の後、ゆっくりと収まっていった。周囲の空気に不思議と暖かみが増して安心感を覚え目を開く。
(…いったい何が起こった?)
先ほどまでは光しか存在していなかったはず。しかし、突如として周囲は生命の気配に溢れ、立体感をもって五感に迫ってきた。蒸せかえるような植物特有の青臭さを鼻に感じ、若干咳き込みながらも周りの光景には驚かずには居られない。自分の背をゆうに越している高い木々が風を受けて木の葉をさわさわともざわざわとも区別がつかない音を立てながら、その身を揺らしている。木漏れ日がきらきらと地面へ光を投げかけ暖かい。先ほど感じた光と大きく違うのは現実味があり光が黄色みを帯びて夕暮れ時を感じさせていることだ。鳥たちが枝を移りながらさえずっている。周りに存在するすべてが大きく感じられた。
周りにある草は、一見普通の草むらだがくねくねとまるで子どもがクレヨンかなにかで落書きしたかのように曲線を描いているものが混じっていた。何やらその草の根元には赤い斑点のあるキノコが生えていて何やらもぞもぞと柄の部分を動かしている。 現実味のない光景に見入ってしまう。
どうやら山か森かわからないがとにかく緑が深い場所にいるみたいだった。
何もないところに突然世界が現れたようでまるで理解が追い付かなかった。そして、自分が何者かもまるで覚えていない。人間であったということ差し迫った状況で追い詰められ焦燥感の塊でいたようなことは覚えているのだが、その時の感情以外のことはまるで消されたみたいに頭の片隅にも浮かばなかった。感情だけ覚えていてもどうしようもない。
全く理解のしようがない現状に思わず頭を掻き毟ろうと手を頭にやった。
(ん?)
どういうことか手は頭に届いているが指を曲げて爪を立てるという動作ができない。うまく言えないがなんだか背中に手を伸ばして背中を掻こうとしてあまり動かせないような感じだ。撫でつけるような感じにしか頭を触れない。動くキノコを凝視してたが思わず腕の方に目が行く。
おおよそ想像しうる人間の手ではなかった。犬の前足のような毛の密集した、黒い獣の足がそこにはあった。
(・・・・・。)
いきなり知らない場所にいたという非現実的なことがあった後だからか、あまりびっくりすることができなかった。とうとう感覚が麻痺してしまったようだ。こうも突拍子のないことが続くと思考が停止する。
(いや、自分が犬かなんか踏んでいるだけか)
しかし、そういう荒唐無稽な現実逃避も無駄にすぎなかった。明らかな肉感をもって自分の身に纏っているのはこの犬のような獣の身しかないことを受け入れるしかなかった。
むしろ周囲を見渡したことで自分の体が狐のような体をしているという嬉しくもない事実が分かった。
ほっそりとした柴犬のような足。そして何よりも、太くて長い尻尾が毛のびっしり生えた背中から沿ってちょうど腰の先と思われるところの先にしっかりくっついているのを確認した。お土産屋に売ってある狐のキーホルダーがこんな尻尾をしていたはずだ。目線を下に寄せると細長い鼻の先が確認できる。道理で世界が大きく感じられるはずだ。
人間の頃より体が縮んでいれば無理もない。