8:用途不明の銀貨
この街に二年も居ると、買い出しなんて慣れたものだ。
買い出しの場合は、師匠がいつのまにか用意している『買い出し布』を持って出かける。
この布、なぜかいつも必要分のお金だけ入っているのよね。
余ったらヘソクリとしていただいたり、寄り道で使ったりもしたいのだけど、なぜかいつもキッチリとゼロになる。
最初に金額を確認し、店主と値引き交渉して多少浮かせても、だ。
師匠曰く「アンタのための魔道具」らしいけど、こんな所で魔女らしさを出さないでもいいのに。
買い出しはいつも近くの市場だ。
ここは周辺に食料品のみならず装飾品や雑貨の類も販売しているので、この街に住む人はだいたいここに買い出しに来る。
「すみませーん。コショウを一袋と、岩塩を二つくださーい」
「はいよ」
馴染みの店主に調味料をもらって、近くのお店で野菜もゲットする。
頼まれたモノはこれで終わりのはずだけど、はて?
よく見ると『買い出し布』の中に、銀貨がまだ一枚残っているではないですか。
買い出しに銀貨を使うことはないのに……まさか、お小遣い!?
「そういえば、お嬢ちゃんは他国の噂なんて興味ないかい?」
「ほへ? 他国ですか?」
袋の中を見てニヤニヤしていたからか、店主の前に他のお客がきたことに気づかなかった。
どうやら私は、世間話としてその男性に話をふられたらしい。
店主もまだ商品を出そうとゴソゴソやっているので、暇なのかな?
私の用はもう済んだのだけど。
「ああ。何でも西の国でひと悶着あったそうだ。
何年か前は魔女に令嬢が殺された事件があったのに、こりゃ西の国が戦争に走る日も近いかもしれんな」
戦争が近い。
その予想は間違ってはいないけど、ヒロイン達に関わるようなものは一つしかなかったはず。
その一つもいくつかの条件を満たせば防げるはずだけど、師匠がどこまで手を出しているかが問題だ。
師匠も私と同じく平和主義だから、動いてくれてるとは思うけど。
あの人……圧倒的な力で解決する平和主義だからなぁ。
「もしかしてそれ、魔女に関係する噂ですか?」
「そうなんだよ。今度はどっかの貴族が誘拐されたって話だ。
何でも公爵家の跡取りらしくてな。そこの公爵様は国中をくまなく捜索しているらしいぜ」
令嬢が殺された事件、というのは私だろう。
このようにピンピンしてるけど。
そして、今度はどこかの魔女に誘拐されたと。
……一番怪しいのは師匠だけど、そんな話聞いていないしなー。
こりゃ西のオーヴィスが魔女狩りに本気になってもおかしくない。
それこそ、他国の魔女も全て排除する勢いで。
「ま、ここ中央には関係ないけどな。
西の奴らが来た時には嬢ちゃんも気をつけな」
「え、どうしてですか?」
私がキョトンと首をかしげてみると、話を聞いていた店主までそろって笑い声をあげる。
「ハッハッハ、だって『魔女の家』にいるからな!」
「ああ! 誤解で攻められても文句言えねぇぜ!」
「あっ、はい」
これ誤解じゃないっていっても、信じてくれないだろうなぁ……。
逆に師匠の手回しの良さというか、ここまで築き上げた手腕に感心を覚えるくらいだ。
二人にお礼を言ってその場を後にしたけど、結局この銀貨は何なんだろう?
あの師匠が、買い出しに余分なお金を渡すとは思えない。
てっきりさっきの人と取引でもするのかと思ったけど、そんな様子もなくバイバイされた。
困ったなぁ……。
このまま帰ったら「買い出しに不備があるね。三日三晩悪夢を見る呪術でもかけてやろうか?」と言われかねない。
現にやられた時は、ヴィルお兄様が出てくる夢だったけど、こちらが動けないのをいいことに「クレア……クレアァァアア!!」と耳元で何度も叫ばれた思い出が。
でも、そんなの私の知ってるヴィル様じゃない!
ヴィルお兄様に対する冒涜具合で言えば、あれは悪夢にしか思えない。
「いっそのこと、そこら辺の人にあげちゃう?」
子どもなんかは、喜んでお小遣いにするだろう。
でも買い出しってことは、その子供を店までゆうか……同行してもらわないといけないのよね。
お金をあげて、子供を連れ去る。
憲兵呼ばれてもおかしくないわコレ。
結局使い道が思い浮かばず『魔女の家』まで戻ってきてしまった。
なんとなく、その場で銀貨を掲げてみる。
「やっぱり、普通の銀貨よね」
何もおかしいところはない。
いつも通りなら、これを使って何かを買えってことよね?
あと数歩踏み出せば店に戻れるけど……このまま帰るとあの悪夢がっ! 神聖なヴィル様が汚されちゃう!
もしネコババでもして隠そうならば、悪夢どころか何週間か店に出られなくなる可能性もある。
師匠にいたずらがバレたあの時も、とある山奥で……これ以上はやめよう。
「もう一度あの市場に戻ろうかしら」
そう決意して、来た道を引き返す。
すぐ後に「ママー、見てあの人! なんかブツブツ言って引き返すよー」とか聞こえたけど気にしない。
振り向いたら目が合ったけど「シッ、見ちゃいけません!」とか言われたことにショックなんか受けない。
……ショックなんか、受けていないんだから。ぐすん。
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