6:どこの黒魔術ですか?
前半に残虐な行為を匂わせるような描写があります。
もちろん、言葉通りではありません。
最初に気づいたのは庭師だった。
彼はいつもの時間、毎朝早くに庭へと出る。
いつものように花壇の様子を見て、移動しようとしたとき。
その違和感に気づいた。
クレアお嬢様の部屋。窓が開きっぱなし、だと。
この時間にクレアお嬢様が起きることない。
ましてや、開いたままで寝るなんてお身体に差し障る。
そんなことを思いながら、彼は親切心で窓を閉めようとした。
しかし、そこはもぬけの殻だった。
その後、屋敷中が慌ただしくなる。
まず、庭師が当主へと伝えた。
そしてメイドが、監視のため部屋の外を見張った。
同時に、周囲の探索に何人かが走る。
最後に当主と、次期当主の息子が部屋の中へと入った。
残されていたのは、当主が破ったはずの手紙と、肌色で棒状の何か。
そこには、こう書かれていた。
ご家族へ――
この娘はもうすぐ死ぬ。
なら、アタシが解剖して素材にしても問題ないね?
拒否権はない。
だってこの娘、生きたいと望んだからね。
お望み通り、誰かの中で生かしてあ・げ・る。
――北の魔女より
追伸:
貴重な素材ですが、おすそ分けです
その内容は。
添えられた、人差し指のような何かは。
このラグドーレ家。
そしてここ、西の国オーヴェス全体を。
魔女の恐怖で震撼させる事件となった。
◇◇◇
眩い光に目を覚ます。
さっきまで夜だったのに、いつの間にか寝てしまったらしいわ。
見慣れない部屋。
高そう……ではなく、見た目も調度品もボロいどこかの家。
何か最近、こういうパターン多くない?
絶対安静と言われたので、ベッドから出ることもなくぼけーっと何もない空間を眺める。
……何もなくはない。壁の所々に亀裂やシミがあった。
そういや猫ちゃんも、こうやって何もない空間を眺めることがあるとかなんとか。
することもないので二度寝しよう。
そう思って布団を被ろうとしたタイミングで扉が開かれた。
「おや、起きたのかい。気分はどうだい?」
入ってきたのは、肝っ玉の強そうなおばさんが一人。
何を隠そう、この人が北の魔女様ご本人だ。
魔女って妖艶な女性のイメージが強かったけど、まさか近所のオバチャンみたいな人が魔女だとはね。
これならスーパーのオバチャンが「実はオバハン、魔女やっとるでー」と語りだしても違和感がない。
……いや、違和感だらけだわ。
「いまの気分ですか。うーん、よくわかりません」
「ならいいさ。あと何回かは限界まで血抜くよ」
「うへぇ」
このオバサン……北の魔女は、私を助けてくれるらしい。
もちろん無償ではないし、いくつか手順もある。
まずは儀式として、私の血を大量に抜く必要があるらしい。
それを聞いたときは、どこの黒魔術かと尋ねたくらいだ。
「にしても、本当にあの内容でよかったんですか? 手紙。ぜったい誤解されますよアレ」
「いいさいいさ。どうせ魔女の悪評なんて変わらないんだから。
それにあそこまでやりゃ、西の国は魔女に手ぇ出そうとは考えないはずさ」
北の魔女、もとい私が残した手紙。
あたかも私自身が解剖され、そのまま殺されたようにも思えるけど、あれに嘘は書かれていない。
死ぬ → うん
解剖 → 魔力をね
拒否権 → 家族にね
生きたい → その通り
誰かの中 → 私だね
おすそ分け → 貴重な素材
ちなみに貴重な素材の正体。
見た目は完全に人間の指だけど、あれはただのクッキーだ。
昔、魔女の人差し指というジョーククッキーが流行ったとかなんとか。
切断面とかも無駄にリアルで、私も悲鳴をあげそうになった。
全く、ショッキングホラーなクッキーもあったものだよ。
そんな手紙を残してホイホイ連れ出された私だけど、それでも完全なる心残りが一つある。
「せめて、お兄様とレリーナにお別れを言いたかったな……」
「ご当主様はいいのかい。ま、死んだことにするにしても、他にやりようはあったかもね」
あのヴィルお兄様にもう会えない!
そう駄々をこねる私に、魔女様は軽く「しばらく経ったら会いにいけばいいさね」と言ってくれた。
思わず「え、いいの?」と聞き返してしまったけど、魔女の血が完全に馴染んだ後なら問題ないらしい。
でも、そのしばらくっていうのが数年だと知らなかったから、ヴィルお兄様の見納めせずして数年を我慢しなければ……。
頭を抱える私をよそに、魔女様はテキパキと怪しげな器具や、紙にかかれた魔法陣を何枚も用意している。
「色々とやり残したことはあるだろうが、ここまで来たからには最後までやってもらう約束だよ」
「はい。お願いします」
私の血を抜き、魔女の血を取り入れる儀式。
身体に馴染むまで数週間はかかるらしいけど、逆に言えば数週間で済む。
それならすぐにでもヴィルお兄様に会いに行けるけど、そうは問屋が卸さない。
魔女の血は暴走しやすい。
それこそ、所有者も制御できないほどに活性化する。
見習い魔女などは制御が未熟なため、代わりにその土地の地脈を使うことで活性化を抑えているらしい。
何でもその土地の魔女の血と地脈は連動しているのだと。
身体に馴染むのは数週間だけど、魔女の血を完全に支配するには数年を要するとか言われた。
あの、いまさら言われても困るのでクーリングオフを……え、無理?
もう儀式は始まっているから中断できない? あっ、そうですか。
「ああ、お兄様。貴方に会えない期間が長ければ長いほど、この想いは募っていくのですね」
「全く、重度のブラコンなことで。それとこれからアタシのことは師匠と呼びな、わかったね?」
「はーい」
こうして、私と師匠の奇妙な共同生活は始まった。