62:お兄様、お願い
セリアは既に南の魔女に捕まったと思っていい。
だとすると、それに対抗する戦力が必要になるわけだけど――。
「もう一度確認しますが、師匠は来られないので?」
「あたしみたいなオバサンが行っても役に立ちゃしないよ。
せいぜい巡回員に捕まるのがオチさね」
今はそんなことを気にしている場合じゃないはずなのに、師匠はこの『魔女の家』から離れようとしない。
そういや買い出しとかも私に行かせて、師匠はだいたいこの店に籠もっているけど。
……なにかあるのかしら?
「それとクロ。あんたのにはお守りをつくってやったよ。これを身に着けている間は人間のままいられるはずだ。
ただし、効力は日付が変わるまでだよ」
そういって師匠は懐中時計のようなものをクロへわたす。
その時計は、チクタクと残り時間を示しているようだけど……。
「まるでシンデレラですね!」
「シンデレラ? なんだそれは」
「虐げられていた女の子が、特定の時間までお姫様になるお話かな?」
ざっくりとした説明だけど、クロには私が何を言いたいか伝わったみたい。
ま、ヘカテにとっては王子様みたいなものだし、間違ってはいないでしょ。
「……まあ、人間のまま活動できるのは助かる。魔女様、お心遣いありがとうございます」
「いいさ。コイツだけじゃ不安だからね。頼りにしてるよ」
暗に私が頼りないって言われてる気がするけど、何もできないもの事実。
クロとレリーナが着いてきてくれるらしいけど、レリーナは影からサポートするようなことを言っているし。
なんでも西の魔女様を欺くためには準備がいるんだとか。
「では、クレアお嬢様とクロウドさんは正面から。
私のことは気にせずに行動してくださいね」
「わかったわ。それと、生徒会のメンバーに協力をお願いしてもいい?」
「今頃は先輩が聞き込みをしたおかげで、セリア捜索隊でも組まれていることだろう。
悪いが俺たちだけでは力不足だ。協力を仰ぐ必要がある」
南の魔女を倒したい。
セリアを救出するためだとしても、ただの学生にそんな芸当ができるわけない。
しかし、同じ魔女を称する者だったら。
可能性は一気に跳ね上がるけど、戦力になりそうなのはレリーナのみなのよね……。
「あの、師匠。レオン先生に協力してもらうのはナシですか?
ここの常連なら、多少カミングアウトしてもなんとかなりそうな気がするんですけど」
私の言葉に、師匠は渋い顔をする。
そうよね。
私が魔女の弟子ということは、必然的に師匠は本物の魔女となる。
そうするとレオン先生も来なくなっちゃうかもしれないし、ヴィル様やその他大勢()とも会えなくなるかも。
けど、私には決めたことがある。
「生徒会の人々に協力してもらうため、私がフレアだってバラしてもいいですか?」
「あんた、それは――」
「私が生きている。それだけで今の状況になったとは思い上がらないです。
けど、もし生きていることで変わる何かがあるならば。
この先どうなろうとも、ヴィル様や大勢を助けるためなら怖くありません」
本当は怖い。
まだ私の体内魔力は制御しきれていない。
けど、もし力不足で私やセリア、クロやレリーナが吸収されたら。
それこそ取り返しのつかないことになる。
ヴィル様を巻き込むことになるのは心苦しいけど、遅かれ早かれ学園は南の魔女の支配下に置かれるはず。
なら、最初から全力を尽くしたほうがいいに決まっているのよ!
「いいんだね? クレアという人間が完全に死ぬことになるよ」
「何言っているんですか師匠。私はフレアですよ?」
私の中でクレアは死んだ。
世間でも死んだことになっているし、復活するのは今日限り。
クロと同じく、日付が変わるまでのシンデレラ。
私の決意が固いことを理解したのか、師匠は深くため息をつくと私の頭をわしゃわしゃした。
それはもう、髪が乱れるくらい強く。
「……フレアという人間まで死なないよう、やってきな」
「――はいっ!」
それは、師匠による精一杯な愛情表現だったのかもしれない。
乱れた髪はレリーナが直してくれたけど、師匠に触られた頭はポカポカと暖かく感じた。
◇◇◇
「では、私はここで失礼しますね」
これから生徒会室へ向かおうとしたとき、レリーナが離脱を表明した。
せっかくだからヴィル様に会っていけばいいのに。
「サポートするにしても、話し合ってからのほうがよくないか?」
「いえ、私は――」
「私達と一緒だと、何か不都合があるのね?」
元から影の薄い……いや、陰ながらサポートしてくれたレリーナ。
彼女にも考えがあるようだし、私は止めない。
「……はい。必ずや、お嬢様方をサポート致しますので。ここで離れることをお許しください」
「うん。じゃあレリーナ、またね」
最後に込めた言葉は、レリーナを思う意味だっただろうか。
それとも、私が必ず帰るという意思表示?
ただ、レリーナも一言。
「また、お会いしましょう」
そう言い残し、私達は別の道へと進んでいった。
生徒会室にはひと気がない。
そりゃあもう夜遅いですもんね……解散した後でしたか。
「おい先輩。どうするんだ?」
「どうするって……せめてレオン先生がいたらなー」
レオン先生はゲームでも屈指の強キャラ。
彼がいたらなんとかなると思っていたのだけど、既に帰宅した後なのかも。
「せめて誰かつかまれば――――あっ」
「ん? フレアさんじゃないか。どうしたんだい、こんな時間に」
生徒会室の前で立ち尽くしていると現れたのは、ヴィル様だった。
憂い顔なんて言わせないほどの爽やかな笑顔。
いつものようにニコニコした顔でそこに立っていた。
「えっと、その。セリアの件でお願いがありまして!」
「そのことか。あれから僕たちも探したけど、まだ見つかっていないんだ。
今はルファスやカミーユも必死になって捜索しているよ」
私が聞き込みをしたことによって皆動いてくれたみたい。
そうよね、いるはずの場所にいなかったら不安にもなるわよ。
少し散歩っていうほどの時間はとうに過ぎているし。
「あの、心当たりはあるのですが……」
「それは危険な場所なのかい? そこの、クロ……といったかい?
彼も連れてくるということは、男手がいるのかな」
クロは何も言わずに後ろへ控えているだけだ。
おそらく私がどう行動するか見守っているのだろう。
それによってクロも、ヘカテに――。
「ええ。できれば、ルファスやカミーユも呼んでほしいの。
どうにかしてレオン先生を呼べないかしら?」
「うーん。できないこともないけど、難しいね。
それより、どうして君はセリアの居場所を知っているんだい?」
今の私は、ただの食堂にいる魔女見習い。
だけどもう決めた。
ここからの私は違う。
「それはセリアと一緒に魔女様へ会ったからよ。
ねぇお願い。後で全て話すから、今だけは私のお願いを聞いて?
私の、たった一人の…………お兄様」
その言葉は、私達の間に何をもたらしたのか。
ヴィル様は時間が止まったかのように硬直したかと思うと、私を力強く抱きしめてきた。
お互いに言葉はなかったけど、その抱擁がヴィル様の気持ちをあらわしているような気がして。
本来なら嬉しいはずなのに、何故か私は涙を流していた。




