50:コロコロされちゃう
「てことがあったのですよー」
「うふふ。派遣先でそんなことがあるなんて。
フレアちゃんも大変だったのね」
昼のメイドワークを終えた後は、夜のウェイトレス。
仕事ばかりだけど、こちらはほぼ休憩みたいなものだから楽だ。
学園に関することは言えないので、今は色々ぼかして騎士のお姉さんに愚痴を聞いてもらっている。
「頭のかたい上司はどの職場でも厄介で――」
「何か言ったかい?」
「……頭のかたいメイドは、厄介で困りますよねー」
冷や汗をかきつつ、地獄耳な師匠は目に入れないようにする。
この時間はクロもいるのでサボっても問題ない。
というか、私が戻ってくる意味がないのでは……?
「うふふ。うちは男性ばかりだけど、上官が女性はあれやれこれやれってうるさくてね。差別とまではいかないけど、仕事をそうやって区別するのはいただけないわよね」
「内容にもよりますが、それはお姉さんが慕われているのでは?
例えば、重いものは誰かが代わりに運んでくれたりとか――」
しばらく愚痴を言い合っているとお姉さんも帰ったので、今度は別の人に絡みに行く。
「ねえクロ。昼間はレリーナに頼むのではなくて、クロが入ったら?」
「それだと魔女様が忙しくなる。あの人は昼が良いとも言っていたしな。
先輩はどうせ、黒猫分が足りないとかそんな理由だろ」
こちらに目も向けず淡々と返される。
ぐ……よくわかってるじゃないの。
だって夜の寝る時間くらいしか、クーちゃんを触れないんだもの。
「ねえクロ。ヘカテもいるし、私と一緒に――」
「断る。今の俺が行ってもアイツは……いや、なんでもない」
話は終わったとばかりに、その後はクロも相手をしてくれない。
ただ、悲しそうな横顔がやけに印象的だった。
◇◇◇
「明日は休みなんだろう。皆と一緒に来るのかい?
それとも、ようやく子守から解放されるのかい?」
店の片付けをしてる途中、師匠がそんなことを話しかけてきた。
師匠は何を言っているのかしら?
「何か目的があれば来るのではないですか?
ちなみにメイドの仕事は休み関係なくあるので、私はそちらへ」
「アンタ、目的を見失っちゃいないだろうね?」
目的?
ヴィル様との学園生活ですよね。ええ、わかっていますとも。
……違いますか、はい。
「メイド業務なんか、魔女の仕事ぐらいにどうでもいいよ。
何コソコソやってんだか知らないが、コネは最大限に利用しな」
これが皆に恐れられる魔女の発言ですよ。
メイドは仮の姿だから真面目にやらなくても良いとのこと。
そのかわり、食堂に来る顔見知りに協力してもらって情報を集めるのが最善だとか。
……そんなこと、セリアは教えてくれなかったけど?
「だが、この転送陣は誰にも言うんじゃないよ。
あの先生だったか。あの男にも隠す秘術だ。バレたら関係者が魔女だと言っているようなもんさね」
「え、でもあの人よくここに来ますよ?」
夜ウェイトレスするということは、鉢合わせる可能性もあるわけで。
先生は私がメイドとして働いていることを知っている。
なら一瞬でここまで戻ってくるのはおかしいってすぐ気づきそうだけど。
しかし師匠は、問題じゃないと言うかのようにさっと手を振り上げた。
「ま、それは鉢合わせたときに考えな。
今週は大丈夫だったんだろ? なら次も大丈夫さね。いくよ」
「その根拠のない自信は、いつもの師匠ですね……あ、待ってください!」
店を閉めた後は、工房での魔女修行。
明日が休みだからってみっちりやらなくても……。
ま、おかげでクーちゃん分は補給できたからいいけど!
休み中は宿が忙しいらしく、レリーナもヘルプに入れない。
つまり、私と師匠だけでまわす必要がある。
いつもは休日ということもあり、昼間から忙しいはず……なのに。
「なんか、お客が減ってません?
さっきから店の中を覗いて、そのままUターンする人が多いような気がするんですけど」
「気のせいだよ」
「ですよね」
本当は私も師匠もわかっている。
最近は昼間にレリーナがいたからか、彼女目当ての客が多いらしい。
師匠だけのときは閑古鳥が鳴いていた、とはクロの談だ。
客層が変化したのに伴って、需要もだんだんと変化していくのね……。
ちなみにクロを昼間に出したら客足は戻ったらしい。
師匠……。
まあそんなことがあったらしいけど、今は師匠に加えて私がいるというのに客は少ない。
具体的にはレリーナやクロのどっちかがいるときより、半分くらい少ない。
「師匠」
「気のせいだよ。今のうちに練習でもしておきな」
うん、まあ元通りと言ったらそうなんだけどね。
こうも差を見せつけられると、お互い悲しくなるわけで。
今なら師匠も、本業が魔女だって認めてくれるかもしれない。
カランカラン、とベルが鳴ったら雑談の時間も中断だ。
気を取り直して、少ないお客の相手を――。
「やあ。ちょっと色々と立て込んでいてね。
今日も来たよ、フレアさん」
「わたくし達も来ましたわ! さあ、このひと月で貯まりに貯まったアルフォンス様の武勇伝を、とくと聞かせてあげましょう!」
「ヴィル様! とヘカテにカトレアちゃんじゃない。
ちょうど客足も少ないので、ささこちらへ」
「お客がいないのはいつものことではなくて?
……っ! ちょっと!、向こうの女性が睨んでいるのだけどっ」
師匠に怯えているカトレアちゃんは無視し、ヴィル様とヘカテはいつもの席へ。
今の時間はクーちゃんが寝ているだけだから、ヘカテは黒猫のほうにけして近づかないのよね。
ジッと見つめてくる黒猫が怖いのもわかるけど、色々知っている身としては手を出さないに限る。
……クロに、余計なことをするなって怒られたし。
「で、今日来たのはこれまでの事情と合わせ、フレアさんに相談があってね。聞いてくれるかい?」
「はい。ヴィル様の頼み事なら、出来うる限りは対応しますっ!」
ヴィル様に頼りにされるなんて、初めてじゃない?
ちょうどいいや。学園のことに関しても相談したかったし、ヴィル様の話を聞いてついでに頼めば……。
「フレアさん。君に学園へ来て欲しいんだ」
「え!」
普段ならきゅん! と来たかもしれない。
だって君が欲しいって言われたのと同意義だし、憧れのヴィル様。
いや、お兄様が私を求めている。
ただ、今だけは素直に喜べない事情がありまして。
……私、その学園に潜入済みなんです。
おのれセリア、どこまで私の邪魔をする気なのよ。




