4:私の選択
その後すぐに回復したレリーナではあったけど、事の重大さに混乱してか部屋中をウロウロしている。
「ああ、これは旦那様に……でも万が一国へ知られてしまったら……繋がりが」
「えっと、レリーナ?」
「でも唯一の……北ってどこ……しかし希望が……」
ダメだこの人。
完全にトリップしているみたい。
仕方ない。
冷静に考えてみよう。
まず、北の魔女は何らかの方法で私の状況を知った。
あと数年しか生きられない私。
そしてラグドーレ家が、延命処置がないか藁にも縋る思いで探し回っている、と。
お父様たちは何も言わないけど、レリーナから聞いた話によると私は十歳で亡くなるはずだった。
それが十二歳まで延びているので、まだ希望は捨てられないのだと。
そして魔女は、人間を辞めたら生きられますよって教えてくれた。
何?
石仮面でも被って吸血鬼になれってか?
教えてもらったところで、どうすることもできないのだけど。
「クレアお嬢様? よろしいですか」
「うん? レリーナはようやく復帰したのかしら」
「えっと、はい。この手紙の事……旦那様には?」
レリーナは今すぐにでもお父様のところへ持っていきたいらしい。
けど、下手したらそのまま燃やされる可能性だってある。
だって魔女の手紙だよ?
もし繋がっていると知られたら、国家反逆罪とかをでっち上げられてもおかしくはない。
ゲーム内では、疑わしい貴族は全員処刑とか言われたくらいだし。
「言うわけないじゃない。それで、相談なのだけど」
「ダメです。絶対ダメですからね! どこから紛れ込んだのか知りませんが、証拠は全て隠滅しないと!」
まるで探偵から逃れる犯人のように首を振るレリーナ。
たしかに魔女には良い印象がない。
しかし、北の魔女は善意で動いてくれているはず。
まあこれもゲーム内での経験上だけど。
「レリーナ」
「はい?」
今からするのはズルい質問だ。
彼女はこれに、ノーと言えるわけがない。
「あなたは、私に生きてほしい?」
「……っ! そ、れは――」
返事はない。
しばらく待って、パタンと扉が閉められた。
部屋からは、手紙の存在とレリーナのみが消え去っていた。
◇◇◇
夕刻になって、お父様が訪ねてきた。
レリーナと話したのは昼時だったので、結論を出すまでに随分と時間がかかったみたいね。
お父様の手には、見覚えのある手紙が一通。
「レリーナから話は聞いた」
「そうですか」
それだけ言って、しばしの静寂が二人を包み込む。
誰かがゴクリと唾をのんだ音が聞こえた。
「お前の命は、もう長くない」
「知っています。お父様やお兄様が、私のために走り回っていることも、全て」
ゲーム内では手を尽くしたが……と語られていたクレアの死。
しかし、これを回避する方法はヴィル様のルートで明かされている。
クレアとヒロインを重ねたヴィル様は、そのまま良い感じに依存っぽくなるのだけど、ある事件で瀕死の重傷を負ってしまう。
そして悲しんだヒロインは封じていた魔女の力を使い、勝手にヴィル様の体を人外に変えるのだけど……そのまま二人は世界から隠れるように放浪してエンディングになる。
でも人外に変えられてからでも、そこから魔女とその伴侶として生きていくハッピーエンドに分岐もできる。
どちらにせよ、ヴィル様は人間じゃなくなるのだけど。
最初は「これハッピー?」と疑問だったので、あと一つルートがないかくまなく調べたものだ。
現にネットでも「重大なバグ発見」とかで一時話題にもなっていた。
お父様は目をつむり、思案するように額へ拳をあてている。
「クレア。まさかお前は魔女の事を忘れたとは言わないよな?」
「きちんと記憶しております。それでも、私の命は残り短く――生きるために、魔女様もこのような手紙を」
「それ以上言うな!」
もしここに机があれば、ダンッ! と大きな音が鳴ったことだろう。
お父様は忌々し気に足を踏み鳴らすと、変わりに持っていた手紙を真っ二つに引き裂いた。
その行動に、もはや唖然とするしかない。
「お、お父様?」
「クレア。私はこれまで、何とかしてお前を死なせないように手を尽くしてきた。しかし、結果は少しだけ猶予ができただけだ」
お父様はまるで不甲斐ない、と言うかのように肩をすくめる。
「しかしだ。
だからといって、魔女の手を借りるわけにはいかん。
もし仮にだ。それでお前が生き延びたとしても、この事が露見するようであればお前や私が死ぬ可能性もある」
魔女の立ち位置。
他国から攻められる要因にもなり、戦争に加担するかしないか以前に、ただいるだけで迫害される存在。
もし私が魔女の手を借りても、繋がりを知ったどこかの人物に殺されることもあるらしい。
ゲームでは主に魔女ヒロインを隠す設定として活躍していたっけ。
まさかこんなところにも弊害があったとは……。
「それでも、お前は魔女の手を借りてでも生きたいか?」
「……………………」
親が子供に求める、あまりにも残酷な決断。
お父様は選べと言っている。
一家を巻き込んで、死ぬかもしれないリスクを負ってでも生きるか。
このまま近いうちに死ぬまで今の生活を続けるか。
しかし、私は既に決断した。
「私はまだ、死にたくありません。そして、家族も死なせたくない」
自分勝手な決断だろう。
お父様のことやお兄様のことも考えず、自らの欲望を主張した。
けど、それでも。
せっかくこの世界に来たのに、すぐに死んでしまいたくはない。
健康体になって、もっとヴィル様とあんなことやこんなことを共有したい。
そんな希望が通じたのか、お父様は一言。
「そうか」
それだけ言い残し、部屋から去って行った。