32:ネクロマンサー?
最近はなんだかんだで賑やかだったけど、普段のお店は平和だ。
夜はともかく、昼間なんて数人しかお客がいない日もあったりする。
そんな日の私は、仕事よりも修行が優先される。
「アンタ、今度はそっちに運んでみな。くれぐれもコップの水をこぼすんじゃないよ」
「う……はいっ!」
両手の指先一本ずつでコップを運搬。
これだけなら簡単だけど、腕にクーちゃんを乗せての実行だ。
重りとしてのクーちゃんだけど、サワサワとする感覚が私の集中力を乱す。
それに水をかけられないか警戒しているのか、私の腕が揺れる度にビクッとするのよね。
大きくは動かないけど、その振動も踏まえてコップを安定させないと。
「あともう少し……少しで」
「……けぷしゅっ!」
「あっ」
可愛らしくクシャミをした誰かのせいで、腕の重心が崩れる。
まるでスローモーションのようにコップが浮き上がり、こちらへ倒れてくる。
……コップ一杯程度の水は、私にかかることはなかった、けど。
ピタなんとかスイッチのように、全ての水は黒猫に浴びせられた。
「ニ゛ャァ?」
「こ、これはクーちゃんにも責任はあるのよ? わざとじゃないんだから」
「やっちまったね。アンタは今日、店にでなくていいよ。
裏で魔法陣の中にでも入ってな」
「そんな! これは不可抗力です!」
ぎゃーぎゃーと訴えるも、師匠は一度決定したことを撤回してくれない。
……私のためを思って、とわかってはいるけど。
でも、これはあまりにも理不尽じゃない?
王子が来た一件以来、師匠は本格的に私へ魔法を教えてくれるようになった。
むしろ今まで教えてくれなかったほうが不思議なんだけど、そこを追求したら「ようやく基礎ができてきただろ?」と得意げに言われた。
自分でも気づかなかったけど、いつの間にか魔力の扱いが格段に上達していたのよね……。
町から出られるようになったら、ヴィル様のいる魔法学園にだって通っちゃうんだから!
「そんなことがあったので、もうくたくたですよー」
「だから昨日はいなかったんだ。それ猫ちゃんに邪魔されなくても、結果は同じだったんじゃない?」
ふふん。お姉さんは私の実力を知らないのね。
「いえ、バランス感覚は完璧ですよ、ほら!」
話の説得力を増すため、お姉さんの前でスプーンを二本、指先に積み上げる。
大道芸みたいだけど、これ習得にひと月かかるくらいには高度な技術なのよね……。
お姉さんだけでなく、周りで見ていたお客さんからもパチパチと拍手があがってくる。
そんなに喜ばれると、リクエストにも応えちゃいますよー?
「よっ! 嬢ちゃん、お次は皿回しとかやってくれ!」
「次はこのすくいザルと手ぬぐいでだな」
「いやいや。ここはリンゴを投げるから、姉ちゃんのレイピアでぶっ刺してくれ」
おい西洋文化。
なんでこの人達知っているのかしら?
確かにこのゲーム、日本の制作会社だけどさぁ……。
私がやらないとわかると、すぐに皆興味をなくして雑談に戻る。
そういうドライなところ、嫌いじゃないわよ。
ふと、隣にいるお姉さんの腰が気になったので聞いてみる。
「お姉さん、そのレイピアって飾りじゃないんですか?」
「あら、気になる? そうよ。これでも私、強いんだから」
どう? と自慢するかのようにレイピアを振り回すお姉さんだけど、周りがぎょっと見てくるのに気づかないのかしら?
もう五杯は飲んでるし、凶器を振り回す酔っぱらいは厄介ね。
「あの、危険ですのでそれくらいで」
「そうね。果物を投げてきそうな男性も目立つことだし」
もはや何も言うまい。
ふぅ、と一息ついて周りを見渡す。
客入りは少なくとも多くもないので、クロと師匠がいれば回せる仕事量だ。
最近はヴィル様の相手で抜けることも多いので、私の仕事はもっぱら常連さんの話し相手となっている。
……気分は窓際族ね。
「そういえば噂なんだけどね?
魔女様がネクロマンサーって言われているわよ」
「ぶぶっ!!」
思わず吹き出してしまったけど、惨事は防いだ。
何も飲んでいなくてよかったわ。
「それってどうしてですか?」
「何でも死人を労働力として、奴隷のように従わせているからだそうよ。
フレアちゃんたちが死人に見えるってことかしら?
その人たち、頭おかしいわよね」
「あ、ははははは……」
この話は師匠にも聞こえていたらしく、厨房でなんか火柱があがっていた。
お客はのんきに「おおーっ!」と驚いていたけど、クロが必死に消火していたので、パフォーマンスじゃありませんよ?
師匠、いつもの態度はどうしたんですか? 動揺し過ぎです。
「ま。そんなわけだから、変な輩に絡まれないよう気をつけなさい?
できる限りは守ってあ・げ・る」
「そのときはお願いします。ししょー、エール追加で」
お姉さんに賄賂代わりのエールを奢り、その後は客足もなくなったので店も閉店だ。
今日の会議は、もちろんあの噂が議題だ。
「そいつは結構広まっているのかい?」
「はい。お姉さんの話だと、王都では既に」
こんな辺境にまでは広がっていないけど、王都にある学園なんかでは十分に広まっていることだろう。
一体誰がそんな噂を……と、疑うまでもないわね。
「やはり、アンタとお前さんの知り合いが広めたらしいね。
まったく、人気者なことだ」
「ま、噂も間違ってはいませんけどね」
にゃー、とクーちゃんも同意する。
私とクロは死んだことになっているので、ヘカテの話を聞いた誰かがそう思ってもおかしくない。
けどあれ? ということは、私も死んだ人と思われているってこと?
そんな判断できるの、家族くらいしか――。
「た、大変です!
私がクレアだとヴィル様にバレてそうです!」
「そうかい。それじゃ今日も寝ながら魔力の調整を行いな。
サボるんじゃないよ」
「あ、はい。え? それだけですか?」
「バレてようがなかろうが、死にたくなければ打ち明けるんじゃないよ」
町から出ると死ぬ。
師匠の言い方だと、それ以外にも理由はありそうだけど……この様子じゃ、教えてくれる気はなさそうね。
結局、この噂は自然消滅するのを待つ。
ということで話はついた。
◇◇◇
とある町にネクロマンサーがいる。
王都にある魔法学園でも、その噂は面白おかしく吹聴されていた。
「死人を奴隷にするってマジかよ。でも使い方が従業員とかショボいな」
「ああ。俺だったら兵にして攻め込んだりするってのに。そうまでして愛した人とかいたのかね?」
「さあな。死霊術は失われた禁術だし、魔女でも扱うのは難しいだろ」
その男子生徒の会話を聞き、一人の女子が近づいていった。
「ネクロマンサーですか? まだ中盤のはず……いえ、それはどちらで?」
「ん? ああ。何でも辺境の町にいるらしいぞ。
ただ、誰かがそう呼んでいるだけで、その死人ってのも術者も、それっぽくは見えないらしい」
「デマだったとして、そう呼ばれるってどんだけ恨みを買ったんだよって話だよなー」
「そうですか。ありがとうございます」
辺境の町。
女生徒には心当たりがあった。
最近、どこかの町へ出かけている有名人たち。
そして授業にも出ず、よく姿を消すようになったアルフォンス王子。
彼が消えるようになったのは、その有名人が頻繁にでかけるようになってからではなかったか。
(これは……怪しいですね)
本来なら彼女に纏わりつくはずの女性も、眼中にないというほど話しかけてこない。
それもそうだ。肝心の対象と、接触すら持てないのだから。
こちらがアルフォンス王子と接触しようにも、学園に来ないので仕方のない。
ヴィル・ラグドーレ会長と仲良くしようと生徒会へ入ったが、会長もどこかへ消える頻度が高い。
他の二人はともかく、黒猫なんて目撃情報さえない。
全ての違和感が、そのネクロマンサーにある。
そう結論に達した彼女を止める者はいない。
ほのぼのに忍び寄る影。
数人で店にいく彼女らと違って、この人はぼっ……。




