29:side 学園の噂
「おい聞いたか? レオン先生とカトレアの奴」
「ああ。何でも二人で朝帰りだと。
しかも授業に遅刻するとか、隠す気もないらしいな」
「けどカトレアの奴、アルフォンス王子にベッタリだったろ。どうして急に?」
「さあな。そういや王子と会長もどこかにでかけていたらしいぜ。ついでにあの副会長も」
「最近会長がニコニコするようになったことに関係があるのか?
最初は不気味だったけど、今では女子たちの注目の的だもんな」
「ああ。王子と揃った日にゃ、黄色い悲鳴で耳が痛くなるぜ。
あの二人も、よくあんな中で普通に話せるよな」
「それだけ慣れてるんだろ。そういや次の授業でさー」
噂は止まらない。
レオン先生の朝帰り。
これはいつものことだが、今日はカトレア・クロワールという令嬢も一緒だった。
生徒たちが邪推するのも、無理はないだろう。
ちなみに、レオンは別々に帰宅しようとしたが、運悪く他の先生に目撃されてしまう。
先生という職務は、基本的に授業へ間に合えば良い。
レオンは馬車から降りる時間帯に、同僚と鉢合わせするという偶然により、せっかくの工作も意味のないことに成り果てていた。
◇◇◇
「では、計画性のない生徒を保護しただけだと?」
「その通りです。俺が毎日あの家に帰っている事はご存じですよね?」
噂のレオンは、学園長に今朝の事を問い詰められていた。
彼が妹のために、遠くの町からここまで通っているのは伝わっている。
ただ、いつものように移動したらいいもの、何故? という疑問が、学園長の判断を鈍らせていた。
「本来なら、君の行為は責められるどこか、称賛に値するだろう。だが――」
意味深に言葉を切った学園長は、窓の外に目を向ける。
そこでは、至るところで生徒が話す姿が見受けられた。
噂が噂を呼び、娯楽のない学園生活での楽しみとなっているのだろう。
彼の行動は間違っていない。間違っていなかった。
が。運だけが悪かった。
「他にやりようはなかったのか……」
「俺に言わないでください。アイツが原因なので」
本来なら、同僚に見られたところで誤魔化せばよかっただけの話だ。
ただ、その見られた相手というのがまずかった。
「君が宿を別にしたことも、路銀を立て替えたことも、馬車で彼女を他の乗客を牽制していた事も聞いた。しかしそれを、どんな風に伝えたらあんな噂になるのだ?」
「どうせ『レオンは金を払って女生徒を宿に押し込め、馬車で移動中もそのぬくもりを堪能していた』とでも伝えたんでしょうね。アイツならそう言います。というか、生徒から確認されました」
「妙に具体的だと思ったら、確認されたのか……そりゃあまた、災難だったな」
レオンはデキる先生だ。
普段の生活態度はともかく、魔力の扱いも学園イチといっても良いだろう。
学園側がレオンを離すまいと引き止めているおかげで、彼はこんな遠い場所で働くはめになっている。
ただ、それは学園長とレオン。
それと一部の関係者のみの事情だ。
何も知らない生徒、そして新任の先生や、レオンに良い感情を持たない同僚など。
そんな人間には、レオンはちょっと魔法が上手くて、だらしない先生としか思われていない。
それを彼が否定しない、というのも大きな要因だ。
「まあいい。今回もこのままにするのだろう?」
「ええ。あ、カトレアにかかった費用だけは支払いをお願いします」
「まったく……お前というやつは」
そう言いながらも否定しない学園長は、彼の良い理解者であるといえる。
レオンは生徒たちの追求、そして受けるだろう冷たい視線にげんなりしていたが。
心の隅では『魔女の家』でカトレアが支払った分も請求してやろう、とセコイことを考えていた。
◇◇◇
そして、噂のもう片方も、昨日あった出来事について語っていた。
ただこちらは、実に嬉しそうであったが。
「アルフォンス様! あんな素敵な食堂があっただなんて!
どうして教えてくれなかったのですか?」
「うん? カトレアも行ったんだ。
理由は予想できるけど、あの場所はどうだったかな?」
アルフォンスに対して好意を隠さないカトレア。
もちろんその気持ちに気づいているが、婚約者となっている手前、無碍に扱うことはない。
本人がどう思っているかはともかく。
「店の雰囲気は最悪ですのよ?
ただ、あの場所でお友達ができましたの!
そのお友達に会いに行くため、今後はぜひ私もお誘いくださいませ!」
雰囲気が最悪。
それは、あの場所を疑っているアルフォンスにどう変換されたのか。
楽しそうに出来事を話すカトレアは、アルフォンスの僅かに変化した表情に気づくことはない。
「そうだね。けど、ボクは忙しくてあまり行けないんだ。
ヴィル達は来週も行くらしいけど、ボクはひと月後くらいに――」
「ならヴィル・ラグドーレ様たちについていきますわ!」
その発言には、アルフォンスの普段崩れない微笑みを崩壊させるくらいの破壊力はあった。
今までアルフォンス以外にはあまり興味を示さなかったカトレア。
それが、他の男性と二人きりになるかもしれない状況で、あの場所まで向かうという。
もちろん彼のところにも、二人の朝帰りの情報は届いている。
カトレアの行動は、どこかおかしい。
彼には……彼女、カトレアがまるで洗脳されたようにしか思えなかった。
「これは……思ったよりも厄介なことになったね」
彼は今日中に父へ相談しようと決意し、少しでも情報を聞き出そうと彼女の話へ耳を向ける。
ただ、女子の秘密の密会という、男子禁制なはずの内容しか得られなかったが。
当の本人というのに話題にされたアルフォンスは、苦笑する手段しか持ち合わせていなかった。
◇◇◇
??? 視点
「うーん。そろそろ起こるはずのイベントが、やっぱり起きません。
多少の誤差だと思いましたが、完全に消え去るのはおかしいですね」
この世界にはまだ一年しかいませんが、十数回は経験済みです。
この時期にイベントが起こらないということは、本来のルートから外れてしまっているといって良いでしょう。
「フラグ管理は徹底していたはずなのに、このままでは黒猫ルートですか?
しかし、そもそも黒猫すら見ていませんね……」
本来なら、学園内で目撃証言が出てくる頃なのですが。
王道でもある、アルフォンス王子のルート。
この時期から接触を持つはずが、最近はなにやら忙しそうです。
本来なら話す機会があるはずでしたが、すぐに教室、または学園から立ち去るので全くかかわりがありません。
タイミングを見て話しかけようと思えば、婚約者のカトレアさんがベッタリとくっついていたり。
カトレアさん、わたしが関わるまでは邪魔をしてこなかったはずでは?
いわゆる悪役令嬢なので、同類という可能性もありましたが……話してみて、それはないと確信しました。
あの頭の弱さで同類だとしたら、もう騙されていても良いでしょう。
あんな悪役ロール、そしてお花畑ロールは、いくら同類だとしても絶対に真似できません。
「では、一体どこで間違えたのでしょう……?」
アルフォンス王子の代わりになったのは、カミーユ・クライシスという男性。
存在さえ知らなかった彼ですが、
アルフォンス王子・ザ・至上主義みたいな性格は、わたしの同類だと思いたくないです。
「ヴィル先輩に関しては……もはや『憂い顔の王子』ではありません」
ここ最近、やけに機嫌が良くなったヴィル先輩。
イベントはまだ先なので関わってませんが、彼との空白期間にいったい何があったのでしょう?
レオン先生はイベント通りに危機を救ってくれましたが、あの人は誰にでも同じように対応したことでしょう。
「では、この矛盾はいったいどこから……?」
レオン先生と、もう一人だけはシナリオ通りですが、それでも多少の差異は目立ちます。
多少どころか、すでに修正の効かない段階まできていそうです。
この前の朝帰り事件なんて、いったい何が起きたのかと。
「……情報が足りません。
あまり動きたくなかったのですが、こちらから探りますか」
多少の選択肢はあるものの、全て受け身で進むはずでしたが。
間違えていないはずなのに、やり直しができないということは、こんなにも不安になるのですね。
「待っていてください、違和感さん。
必ずやあなたにたどりついてみせます」
不穏分子さんが、何を考えているのかわかりませんが。
わたしだって、無事にゲームクリアを目指しているのですから。
バレバレな???視点です。
いったいどこの魔女なんだ……。




